断片的思考のメモ


by hn-nh ( or hn )

ハリコフ1942

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1942年ハリコフ。戦記にでてくる1941から43年にかけてのハリコフ攻防戦 などで、このロシア南方(現ウクライナ共和国)の都市の名前を知っていたけど、街の中心部はとっても近未来的。

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こんな写真も。戦禍の跡が痛々しい。
出典は共に、Виганд>«Будь проклят Сталинград!» Вермахт в аду>Стр.1

この近代的な建物群、どう見てもロシア構成主義のデザインの影響を受けてて、なかなか格好いい。
2番目のちょっとバウハウスっぽい建物は調べがつかなかったのだけど、最初にあげた写真の巨大ビルは Gosprom
という建物。建築史的には「ハリコフ重工業省」とも呼ばれてます。1925~28に建設されたというから、ドイツではモダンデザインの金字塔、バウハウスのデッサウ校舎(1926)が建てられたのとちょうど同じ頃。

Gosprom について詳しいのは、→ココ 

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この建物、今も残ってます。→ Google map

模型製作中(というか準備中..)のバレンタイン戦車。レンドリースで当時どの辺りの戦線に送り込まれたのだろうかとリサーチしてたら、こんな風景の写真を見つけて調べ物はまた横道に。

ロシア戦線というと、なんとなく泥と果てしなく続く大地と藁葺き屋根の質素な農村、というイメージだけど、こんな近未来的な風景の中でも戦争したのね.... 先にリンクを貼ったハリコフの写真出典のページをめくっていくと、レンドリースバレンタインとかマチルダの写真が見られます。当時、中東経由でイギリスから輸送されて、コーカス地方〜南部戦区に展開した車両でしょうか。

レンドリースで遠くこの辺りまで送られたバレンタイン戦車とマチルダ。ロシア戦線に送られたイタリア兵は、北アフリカの砂漠で痛い目にあったこいつらにここでまた会ったのかしら。

by hn-nh3 | 2017-04-23 07:35 | 構造物 | Comments(0)