断片的思考のメモ


by hn-nh ( or hn )

ワルシャワ1944 プラハ1945

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製作中のGrille改造FLAK。1945年5月のプラハ蜂起の前後に登場する車両の迷彩が、1944年8月に起きたワルシャワ蜂起でバリケードに使われたChwat号の迷彩と似ているのではないか、とかば◎さんがSUMICONのBBSで指摘していた件。ここでも少し書き留めておきたいと思います。

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Chwat号。ワルシャワ蜂起の際に捕獲され、バリケードに利用されたヘッツァーですが、砲身防盾や耳付きの装甲カバー、マフラーの有孔放熱板などの車体的特徴から1944年5〜6月頃の生産車と推定されます。迷彩は丸い斑点状のユニークなパターンでグリーンの輪郭が細吹きのブラウンで縁取られた構成。

d0360340_18111657.jpgこちらの写真はプラハのグリレ改造FLAK。迷彩パターンはワルシャワのChwat 号のような斑点状ではなく、連続した雲のような形状ですが、グリーンをブラウンで縁取る構成は共通しています。似たパターンは38(t) 戦車系列の車両に見つけることができます。

d0360340_18471337.jpg1945年5月にオランダのユトレヒトで撮影されたMarderlll(M)の後期型の写真です。
溶接構造の車体、軽め穴付きの駆動輪等、プラハのグリレと同じ車体の特徴が見られます。迷彩はイエローベースにグリーンの斑点、ブラウンで囲い込み。と上の2両と共通点が見出せます。

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Marderlll(M)、グリレ、ヘッツァーの生産時期と工場の関係を表にしてみました。
1944年3月から5月。38t戦車系列のこれらの車両がチェコのBMM工場で並行して生産されている時期があるのがわかります。

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1944年8月、それまで現地にて個別に塗装されていた迷彩を、工場で予め行うよう改められ、ヘッツァーにおいてはいわゆるアンブッシュ(光と影)迷彩が施されるようになります。その後もパターンの変遷を経て、最終的にはハードエッジの雲形の3色迷彩が工場塗装にて行われいます。

ヘッツァーCwhat号が生産された時期と推定される44年5〜6月頃は、工場で迷彩塗装を行う通達が出される前の時期にあたります。
しかし、ヘッツァー、マーダーlll、グリレと同じBMMの工場で並行生産された車両に共通項のある迷彩塗装が施されていることを考えると、これは前線で個別に迷彩が施されたものではなく、工場で共通のルールに従って塗装されたものと考えるのが自然です。恐らくは、通達がだされる以前から試験的に工場での迷彩が試みられていたと推測されます。

Chwat号については、必ずしも工場での迷彩とも言い切れない部分が残りますが、グリレやヘッツァーで類似性の高い迷彩を施している事例は他にも確認できます。こうした視点に立つと、それぞれの図柄の違いは、むしろその後の制式パターンに収斂していく際の振れ幅のようにも見えてきます。45年5月にプラハで現れるグリレ改造FLAKの迷彩も44年8月以前の工場迷彩のバリエーションの一つだったのでしょう。

この8月以前の38(t)系迷彩については、どこかの本にさらっと書いてある気もしないではないですが、引き続き追跡してみたいと思います。


1945年の雲形迷彩も少し調べてみたいパターンです。4色迷彩という説もあるみたいだし、それ以上にこの最終パターン、どことなくチェコ併合以前の迷彩パターンを思い出させたりもします。戦争末期に統制が緩んだところで、以外にも文化的な基底面が現れたようにも思えるからです。

同様の事例で、魔改造先生ことアルフレート・ベッカー少佐がフランス中古兵器を改造した車両が配備されたノルマンディの第21戦車師団の迷彩にも同じ匂いを感じたりします。(それもまた機会があれば..)



Commented by かば◎ at 2017-06-05 22:56 x
そういえばシュピールベルガー本には何か書いてないかな、と思って改めてめくってみました。
「スコダ社生産仕様」とされる写真にChwatと似た「雲形縁取り迷彩」が施されていましたが、キャプションでは「迷彩塗装は現地部隊によるものである」と書かれていました。

しかし、正規に「お仕着せ迷彩」が施行される前に、試験的に工場で迷彩がされていたという推論も、とても「ありそう」な感じがします。
Commented by hn-nh3 at 2017-06-08 05:57
>かば◎さん

情報ありがとうございます。確かに44年8月以前の「雲形縁取り迷彩」工場塗装説については、何らかの通達のような記録か、工場の前で撮られた写真が見つからない限りは、推測の域を出るものではないと思います。

ただ、現地での発意による模様であれば車種を超えたパターンとして写真が残っていそうなものですが、38t系車両で配備先が異なるにも関わらず、類似のパターンが施されていた事実を踏まえると、「何らかの理由」があったのではないか、という気はしてます。

たとえば、出荷の際にオペレーションマニュアルの他に「最新の迷彩モード」みたいなペーパーが配られてそれを基にそれぞれの部隊で塗装していた、とか。そしてだったら、工場でやってよ〜、という現場の声が次第に強くなって...とか。
Commented by かば◎ at 2017-06-08 09:12 x
>>「最新の迷彩モード」みたいなペーパーが配られて

「この春流行の迷彩柄はコレ!
気になる敵兵の視線を引かないこと、まちがいなし!」

みたいな……。
Commented by hn-nh3 at 2017-06-10 07:58
迷彩塗装は、目くらましのカモフラージュが目的なんでしょうけど、強そうとかカッコイイとか、たぶんに美意識の産物でもあるように思えます。

このグリレH型なんて、「いいね」欲しさにパターン考えたのではないだろうけど、世間の目を引くこと間違いなし。
→ https://www.flickr.com/photos/deckarudo/14428881953
Commented by かば◎ at 2017-06-11 12:25 x
こここここれは! スゴイ! いい!

……でもこれ、3色迷彩じゃなくて4色迷彩に見えますね。
4色だとすると何色を塗っているんでしょう。
Commented by かば◎ at 2017-06-11 12:27 x
ちなみに私は普通にURLを書いて投稿しようとしたら、「不適切な文字列が……」とかなんとか言われて投稿できませんでしたよ。
hnさんはなんでアタマから書いて大丈夫なんでしょう……。
Commented by hn-nh3 at 2017-06-12 21:21
その面白い迷彩模様のグリレH型。4色使ってますよね。
恐らくはグレーなんじゃないかと思います。

写真の車両はアンテナが反対側にある初期生産型と思われます。グリレHの生産開始は1943 年2月ですから、ちょうどグレーからイエローベースの3色迷彩に変わる通達が出された頃。
プロトタイプの車両はグレー塗装の写真が残ってます。前に川底から見つかった車体は、グレーの上にイエローがオーバーペイントされてました。そんなことから類推すると、ベースのグレーにマスキングしてイエロー吹いて、グリーンとブラウンを...という感じでしょうか。

コレ作りたいと思って、基本工作+グレー塗装まで終わったところで、乾燥させている間に月日は流れ...

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コメント欄のURL書き込み、ひょっとしてスパム防止機能なんんかがあって、ゲストがコメントにURLを書くと引っかかるのかもしれません。いつだったか、かば◎さんのところにコメントしようと同じ問題にぶつかった記憶。
by hn-nh3 | 2017-06-01 22:02 | 資料 | Comments(7)