断片的思考のメモ


by hn-nh ( or hn )

東京 1945

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東京。江戸川区小岩にあった高射砲陣地を戦後、米軍が撮影。1945年10月11日。
砲座は前の記事で取り上げた逗子の小坪砲台(現 披露山公園)のような半地下タイプのものとは違って、コンクリート擁壁を地上に作って、周囲に盛り土をして土塁を構築する方式。

d0360340_18222267.jpg都市部の高射砲陣地は、この土塁タイプが多い。山の上に作る陣地と違って、水はけの問題など半地下にするよりは有利だったからか。

配備されたのは、シールド付きの12cm単装高角砲だろうか。測距儀、高射算定機、サーチライトなどの装備が克明に記録されていて、場所が特定できる資料としては貴重な写真。

写真出典は共に、「米軍が見た 東京1945 秋」 佐藤洋一 洋泉社 2015

この写真の他にも陣地の遠景や、低空からの空撮写真も掲載されています。あえてこの写真を前回とは別の記事として取り上げたのは、この写真だけ引用するに留めるのは、あまりにも勿体ない本というのが理由。

戦後米軍が撮影した写真で、戦災状況を記録した航空写真は国土地理院のアーカイブにもなっていて有名ですが、東京の街を低空、地上から克明に記録していたことはあまり知られてないようです。200点あまりの写真集といった体裁のこの本。たぶん、名著だと思う。

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A5版 223ページ 2400円(税別)。1ページに1枚の写真の彼方に見えるのは、1945年 秋の東京。間違いなく「買い」です。
驚くことにほぼ全ての写真。どこを撮ったものかを特定してます。以下、写真は全てこの本から。
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浅草橋付近。厩橋上空から東を見たもの。見渡す限りの焼け野原の中に幸運にも焼け残った場所がくっきりと違う色。地図との併記で現在の場所がイメージできます。
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地上の風景。山手線のガードが見えるのは終戦直後の新橋。建物跡の瓦礫の隙間に畑が作られてます。
丸の内には防空用のカモフラージュ塗装が施されたビル(写真は国鉄本社ビル)。実際にどのくらいの迷彩効果があったのかは疑問ですが、重要施設には偽装が施されていたらしく、国会議事堂も偽装してます。隠そうとしても、バレバレという気もするけど。

話を本の内容に戻して、全ての写真は撮影日時を明記、特定された撮影場所を地図にプロット。巻末のインデックスには米軍が撮影した写真のレコードナンバーも記載。収められた写真を見ると、空襲の効果を確かめるために撮った街の風景だけでなく、軍需工場や捕虜収容所、さらには防空壕のバリエーション、防火用水に至るまで、詳細に米軍が記録していたことがわかります。

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中島飛行機武蔵製作所、東工場の焼け落ちた屋根。右の写真は、立川飛行場、エンジン試験棟と思われる構造物。

立川飛行場の工場施設はフェンスの内側のゾーンに隔離されて近年まで残ってましたね。
...もう時効だから言うけど、夜中にフェンスを壊して侵入して遊んでました。暗闇に散乱するのは粉々に割れたガラス。骨組みだけになって星空が見える屋根。米軍の管理下になって壁にオーバーペイントされたステンシルのナンバー...
昨日、前の道を通ったら、すっかり何もかもなくなってました。真夜中にくぐり抜けた錆びたフェンスも。






by hn-nh3 | 2017-08-12 09:35 | 構造物 | Comments(0)