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断片的思考のメモ


by hn-nh ( or hn )

OVM色

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だいぶ前に書いたドイツ軍戦車のOVM(車載工具)の塗装色に関する記事は、訪れる人も少ないこのブログの人気コンテンツになってるようだ。確かに模型を作っていて悩んだりするもんね。


簡単におさらいすると、大戦前期のパンツァーグレーの車体色の時は工具類はいわゆる「工具色」。 ここでいう「工具色」とは工具の鉄部は黒染めか黒塗装、柄など木部は木生地にニス仕上げという工具の一般的なイメージ。タミヤのキットだと鉄部はメタリックグレー、木部はレッドブラウンで塗ることになってるアレです。

車体色がダークイエローに変更された1943年の夏頃からは、工具類も車体色と同じダークイエローに塗りつぶされた事例が多くなります。その前段階の移行期には、例えばアフリカ戦ではイエローの車体色に対して工具は「工具色」のまま。1942年夏のロシア戦線でイエロー塗装が先行して実施された時もOVMはまだ「工具色」。

それがクルスク戦やイタリア戦の頃に車体色と同じ色で塗りつぶされるようになるのは、おそらくはアフリカ線で米軍車両のOVMが車体色で塗装されていて迷彩効果が高かったのを見たからなんじゃないかと想像してます。イエローベースの工具は現場で塗ったというより工場納品時にあらかじめイエロー塗装された状態で装着されるようになったと思われ、その上から部隊ベースで3色迷彩をしていたのでしょう。

しかし、1944年の秋頃より迷彩塗装が工場出荷時に行われるようになり、グリーンの迷彩の比率が大きくなると、工具の色もイエローベースではなくなっていく傾向が.. というようなことを書いた。


この前、この記事を読んでいただいたみやまえさん:ハードな冒険 から迷彩塗装を現場でする時に「OVMを車体につけたまま迷彩塗装をするか、作業の前に工具を外してから迷彩塗装するか、乗員の性格がでそう」というようなコメントをいただいた。

確かにその通りで、いろいろな事例があったと想像します。面倒臭がりの乗員は絶対に工具つけたまま迷彩塗装したはずだし、むしろその方が迷彩効果が高まっただろうし。

その場合、塗装後に戦場で工具をなくしたりすると、工具が取り付けてあったところだけベースのイエロー色が工具の形で煮るの越されてたりするんでしょうね。例えていうなら、夏が終わった時の日焼けの水着の跡。のような。

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そんな写真はあるかなと探してみたら...ありました ! OVMの痕跡が。
冒頭にも載せた写真はワルシャワ蜂起の際にポーランド国内軍に鹵獲されたヘッツァー駆逐戦車。回収修理されてChwat号と名付けられた車両のバックショット。時を同じく撮られていた動画からスクリーンショットで部分拡大。

イエローベースの車体にグリーンとブラウン縁取りの雲形迷彩。写真のアングルによっては刷毛塗りのハードエッジ迷彩のように見えるものもありますが、この写真を見ると、ボケ足の非常に少ないスプレー塗装であったことがわかります。それも標準装備のOVMを装着した状態で迷彩塗装が行われたことも。

車体後部中央には牽引ロープのタグアイの形が綺麗にマスキングされたように塗り残しの痕跡として。その左側には予備履帯をつけたまま塗装した痕跡も。

d0360340_09204028.jpgこの写真はChwat号ではなく、後期生産型を上から撮った詳細がわかる有名な写真。
車体後部中央には牽引ロープと予備履帯をこんな感じで標準装備していた、ということがよくわかるので引用してみました。

この車両は後期迷彩のグリーンが主体の塗装色で予備履帯は写真で想像する限りは周囲との明度差からグリーンで塗装してあったと推測。ジャッキもイエローではなく、グリーンで塗ってあった可能性が大。
ワイヤーロープはみやまえさんによると、ワイヤーにはオイルを含ませた芯が入ってるとのことで、塗装はのらないから鋼材の生地色か亜鉛めっき色かと思われます。

この写真でちょっと面白いのは、車体側面向かって右のジャッキの上についてるバールが車体の迷彩にあわせてグリーン、イエロー、ブラウンと几帳面に塗り分けられていること。

チェコ人もなかなか几帳面。

おまけで特典映像:Chwat号の回収、修理、お披露目時の動画
Chawat 回収-2 https://imgur.com/7iX8L1c                       

Commented by vol de nuit at 2019-04-14 17:29 x
これは非常に興味深いですね・・・!
しかも、鮮明な動画まで残されていたとは・・・。

Chwat号は他に比べて資料に恵まれていますね。

私は動画内の、Chwat号を牽引するオムニバスに目を奪われてしまいました。笑
Commented by hn-nh3 at 2019-04-15 05:42
気になりますよね、オムニバス(^^)
バスで戦車を回収するというのもなかなか面白い状況ですが、考えてみれば、民生車で身近にある大馬力の車両というとバスだったのかもしれませんね。戦車も引っ張れるしバリケードにも使えるし、バスも使い方次第 w

Chwatの動画が残っていることは知ってましたが、ここまで鮮明だとは思いませんでした。初期生産車の特徴がはっきりわかります。

ちなみに映像のソースはここ
https://www.facebook.com/1944pl/videos/10156365756128930/
Commented by かば◎ at 2019-04-16 07:47 x
こんな動画が残ってたんですね~。
magda/pudelも残ってないかしらん。

興味深いのは、これだけ鮮明な動画で、側面の「鷲章・Chwat」の下にバルケンクロイツが見られないことです。
確か、後に放棄された写真だと、バルケンクロイツに一部重なった形で「鷲章・Chwat」が描かれているのが確認できたはず。
おそらく、「鷲章・Chwat」を描くにあたって、割と“食いつき”のよくない塗料でバルケンクロイツを塗りつぶしたのが、その後かすれて/はがれてバルケンクロイツが再び見えるようになったのでしょう。
というわけで、まだ国内軍の手にあって元気(?)な状態のChwatを作るのであれば、わざわざバルケンクロイツを重ねたりしないほうがよさそう。
割れた側面装甲の修繕も、塗り直したりせずに溶接したそのまんまな感じですね。
(本題のOVMと関係ない話ばかりで失礼)
Commented by hn-nh3 at 2019-04-16 13:05
>>magda/pudelも残ってないかしらん。

鹵獲PANTEHRの動画が残ってたら確実に拡散しているでしょうから、やっぱりまだ見つかってないんでしょうかね。クブシュなんかも動画でラジコンみたいに動き回るとこ見てみたいですが(^^)

例のワルシャワ蜂起再現の映画で使われたパンターのプロップがYouTubeにありました。T55ベースでしょうが、かなり作り込んでありますね。
https://www.youtube.com/watch?v=nPO9grb2yBI

Chwatは前線に投入できなくて温存されてたから、動画を撮る暇もあったんでしょうね。

>>後に放棄された写真だと、バルケンクロイツに一部重なった形で「鷲章・Chwat」が描かれているのが確認できたはず。

確かDRAGONのヘッツアー初期型のキットに入ってるデカールはそうなってましたね。

爆撃で崩れた建物の瓦礫に埋まってる時の写真ではバルケンクロイツが確認できます。戦後に掘り出されて展示された時は、ボディがサビサビで今度はマーキングもはっきりしなくなってしまっているから、その重ね書きのデカールが使えるのはごく限られたシチュエーションの場合ですね。考証的正確さを追求すると..(笑)
Commented by hiranuma at 2019-04-30 23:47 x
平成末にには何かとお世話になりありがとうございました。
令和になっても相変わらずお世話になりたいと思っています。
忙しさの中にあっても模型工作や纏わることをしていられたら、しあわせなことだと思います。

GAZ-M1を作らねば!!
(ピカピカより燻んだ感じがいいかもしれませんね)
Commented by hn-nh3 at 2019-05-01 05:47
令和もまたよろしくお願いします。
hiranumaさんの微細な世界が時代を超えましたね(^^)
私の積みプラの山は平成の遺物となってしまいました(笑)

GAZ-M1 作りましょうね。設定をどうするかで仕上げ方が変わってきますね。考えねば..
と、その前に1/72 コードロンシムーンを完成させてしまわないと!
エンジンカウルから チラ見えするエンジンのシリンダーをどの程度、どれくらいのディテールで再現するかがもっかの悩みです。
by hn-nh3 | 2019-04-14 10:07 | 資料 | Comments(6)