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断片的思考のメモ


by hn-nh ( or hn )

小坪高角砲台 2019 - 1957 - 1946

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披露山公園建設中の風景 1957年12月頃(逗子フォト 逗子市HP より)

逗子市のホームページに「逗子フォト」というコーナーがある。市の広報用に収集した逗子の昔の写真をオープンソースで公開していて、逗子市民でなくても見ていて楽しい。
逐次更新されているようで、また新しい写真がアップされていた。上の写真は"建設中の披露山公園(昭和32年)"から。

逗子市きっての高級住宅街のある高台の一角にある市民公園の建設中の風景。とタイトルだけ見ればその公園で遊んだ記憶もなければ、はいそうですか、で終わってしまう写真なのだが、よく見ると写ってるものがヘンなのだ。それは作りかけの公園遊具ではなく、戦時中に作られた高角砲の砲座なのだ。

横須賀軍港の防衛のため、逗子海岸に面した山の上築かれた高角砲砲台は、戦後に無用となって普通はこの類のものは取り壊されるのだけど逗子市の場合は、なんと公園の施設に転用されたのだ。3基あった砲座は花壇、展望台、猿舎となって現在も使われている。冒頭の写真は展望台となる砲座から猿舎を見たところか。
 ※建設中の写真は花壇になる砲座から指揮所跡につくられたゲストハウス方向を見たものではないかとの指摘あり。以下関連記述は後日修正します。

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写真は2017年に訪れたときのもの。日付を見たら6月23日。ちょうど2年前。
砲座の上に作られた展望台(右)と猿舎(左奥)。花壇は写真を写している場所の背後。

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猿舎は円形の砲座を囲むようにオリが建てられ、内部にはすり鉢状の構造物がほぼそのまま残っている。
この様子については、以前に記事をいくつか書いた。


この砲台のことを教えていただいた かば◎さんもレポートを書いている。

かば◎さんの記事の中で逗子フォトに戦後間もないころの砲座の写真が掲載されていることを知り、猿舎の小檻の奥に隠れてよくわからなかった待避所と思われる場所の形状がわかってきた。先日のレポートではその部分の現状を実地に検分した写真をアップしている。

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披露山公園高角砲台跡(逗子フォト 逗子市HP より)

戦後間もない頃の写真を見て分かることは、高角砲を据え付ける部分は艦載用に開発された高角砲のターンテーブルを納めるためか丸くくぼんだ形状になっている。階段脇の向かって左の壁龕は他の弾薬保管用の穴とは違ってアーチ型の開講形状。これは現在はコンクリートで塞がれているもののその痕跡が見て取れることをかば◎さんが確認している。その左隣には円形の砲座のすり鉢からはみ出すように待避所のニッチが作られている。奥に待避壕でもあるのか、壁に開口。床も砲座プラットフォームから一段低くなっているようだ。この場所は現在は小さな檻がつけられていて、中の様子は人間には見えないようになっている。

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以前に描いた砲台の推定復元図をアップデートしてみました。前ははっきりわからなかった。アーチ型の壁龕と待避所の部分を修正した。階段も9段ではなく8段に修正。
待避所の張り出しは扇型で作図したものの、スクエアな形状のほうが作りやすかったのではという気もします。
しかし、かば◎さんレポートを見ると、外周は円弧になっているらしい痕跡が確認できる。

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砲座の上に作られた猿の檻。中心部の池は砲座の円形の窪みの部分を利用していて、池の縁取りと丸い穴の隙間は砂か何かで埋められてる模様。

冒頭の公園建設中の写真を見ると、展望台の砲座にもアーチ型壁龕が写っているの、3つの砲座はほぼ共通の要素を備えていたことは想像できる。ただしアーチ型壁龕の配置は猿舎のものと少し異なっていて階段の隣にあるわけではないようだ。おそらくは3基の砲座の配置の関係で個別に位置を設定したものではないか。

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ゼンリンの住宅地図を下敷きに猿舎と展望台の砲座を配置してみる。展望台砲座のアーチ型壁龕の位置は写真から推定。ひょっとすると角度的にはもうひとつ隣かもしれない。同じく展望台砲座の待避所の位置は想像。
そこと想定したのは、展望台足元にある不思議なステージというかベンチが展望台を作る時に階段と待避所を埋めるために計画されたのではないかとの推理。

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全体配置。南から猿舎(黒)、展望台(赤)、花壇(緑)の砲座。戦後米軍が撮影した空中写真(1946/08/15_USA-R227-A-3-81)から階段の方向はほぼ一定と推定。周囲に存在した土塁の影から待避所の位置がなんとなく想定できる。砲座間の距離は地図から35mと割り出した。

例のアーチ型壁龕や待避所の配置を見ると、それらが地下壕で繋がれていたのではないかと想像もできるが、それを裏付けるような資料や物証は確認できていない。
配置図の北側の黄色い四角は指揮所があった場所。南側斜面の小屋らしきものは何の施設だろうか。

配備されていたのは、八九式十二糎七高角砲(2連装 127mm 40口径)が2門。
豆知識ではあるが、海軍では高角砲、陸軍では高射砲、と呼び表していたので、このブログの記事もそれに倣っている。

Commented by かば◎ at 2019-06-23 11:26 x
逗子市民の私が、毎度、hn-nhさんに逗子フォトの更新を教わるという……(^^;
ちなみに今回の(冒頭の)写真は、4月半ばに公開されているようです。小泉さんという方からの提供写真で、他にも、おおよそこの当時の砲台道の写真も何枚か出ています。

冒頭の写真について、hn-nhさんは「展望台となる砲座から猿舎を見たところか」と推察されていますが、そうではなく、これは現在円形花壇になっている砲座から、建設途中のレストハウス(元指揮所)を見たものではないかと思います。

写真を拡大してみると、右上に砲台道の最終アプローチ(現在、駐車場から頂上広場に上がってくる道)らしきものが見えます。

しかしそう考えると、「上部がアーチ型の壁龕」は、少なくとも猿舎・花壇ともに指揮所の方向にあったことになりますね。
Commented by hn-nh3 at 2019-06-23 17:29
"逗子フォト"はそれぞれの写真の撮影場所を特定してGoogleの地図にプロットしてるのがいいですね。逗子市役所、いい仕事してるなー。

>>これは現在円形花壇になっている砲座から、建設途中のレストハウス(元指揮所)を見たものではないか..

あ!本当だ。てっきり奥のほうで柱が立ってるのを猿の檻の支柱かと思い込んでしまってました。背景も違いますね。猿の檻なら、遠景は葉山の海になるはずだし。

レストハウス(元指揮所)方面を見た所だと理解すると、掲載された一連の写真の意味がわかります。次の1枚は砲座を超えてレストハウスに近づいてパシャ!。もっと近づいてレストハウスの現場から江ノ島をパシャリ。足元に写っているコンクリートの壁体は指揮所の地下構造物でしょうか。

花壇と展望台の砲座のアーチ型壁龕の位置の検証はやりなおしですね。猿舎のものと同方向であっても配置のルールが異なっているところに推理する面白さがあります。

Commented by かば◎ at 2019-06-25 22:08 x
ブログが往復書簡集みたいな感じになっちゃってますが(どうも済みません)、うちのブログにはアップしていない、猿の檻の作図に僅かに貢献できそうな写真を数枚。

まず、退避所に対応して作られている小さな檻に関して、現状の図では左右同じようにすぼまっていますが、実際には、

▼中心に向かって右の辺は、きっちり中央に向いていて、
http://kabanos.cocolog-nifty.com/photos/temp/20190625_160759.jpg

▼左の辺は中心に向かう線よりもやや外側に開いている
http://kabanos.cocolog-nifty.com/photos/temp/20190625_160814.jpg

……という非対称の形をしています。

もういっちょ些末ですが、上物の猿の檻は(公園開設当初とは違っていますが)、

▼中央の柱まで達している外檻の柱は8本。中央から1つ目のリングから始まる柱が、先の柱と交互にさらに8本。そして外周からひとつ内側のリングから始まる柱が、先の16本の柱と交互に16本。計32本の柱があります。
http://kabanos.cocolog-nifty.com/photos/temp/20190625_160205.jpg

▼というわけで、柱の数は壁龕の倍数ですが、位置的には壁龕と柱はきっちり揃っているわけではなく、壁龕の向かって右の面と柱がだいたい同じ位置、くらいの感じです。
見づらい写真ですが……。
http://kabanos.cocolog-nifty.com/photos/temp/20190625_160627.jpg

我々の興味の対象は猿の檻よりも砲台なので、「そんなんどうでもいいよ!」という話ではあるのですが、まかり間違って、hn-nhさんのブログと図面を見て、「よし、小坪高角砲台をガレージキット化して、現代の公園とコンパチにするために檻をエッチングで付けよう!」と思う人が出て来た時のために書いておきます。

なお、「こんなん要らんよ」と言われそうですが、ここに掲示した写真は自由にお使いください(うちのブログの披露山関連の写真も)。

でもまあ、逗子市民に限れは、クブシュよりも小坪高角砲台/披露山公園のほうがずっとファンが多いと思うし。
Commented by hn-nh3 at 2019-06-26 06:11
かば◎さん、ディテール写真ありがとうございます。
「猿の小檻問題」は私の中では結構重要だったんですよ(笑)
平面的に矩形であろうとすると、砲座のすり鉢コンクリートとの接続部がおかしなことになってしまい、放射型の台形だとすると、写真で見る印象と違うしで... 小檻の左右側面が檻の中心に向かう角度が違うのは、壁龕との取り合いがあるからですね。それで謎が少し解けました。

>>壁龕の向かって右の面と柱がだいたい同じ位置

これは大事なポイントですね。壁龕の中心線と柱を合わせると、階段の部分で階段の中心に柱が落ちてしまうことになるので、それを回避するためにずらしているのだと思います。

実は図面化を始めたとき、1/72で猿の檻の紙模型でも作っているかと思ったりしたんですよ。意外に大きなものになるのと、いざ図面化しようとすると不明箇所がいっぱいあって断念しましたが。

日頃、「当時の写真を確認するとキットで再現された位置とは違っていることが判明..」なんてことを言ってる手前、あんまりテキトーな仕事はできないですし(笑)
Commented by かば◎ at 2019-06-26 17:56 x
>>壁龕の中心線と柱を合わせると、階段の部分で階段の中心に柱が落ちてしまうことになるので、それを回避するためにずらしている

おそらくそういうことなのだと思います。
ただ、入口階段の幅は、32分割の「1柱間」よりも広く、中心に向かった時に入口階段の右端に柱を合わせており、その左隣の柱は、階段の幅の2/3くらいの位置に落ちています。

猿舎入口の扉は出っ張ったケージの外側と、内側円周部分の2カ所の二重扉になっていますが、外側扉はケージの左側、内側扉は右側と、スタガー配置になっています。

外側扉は出っ張ったケージ幅のほぼちょうど半分くらいなのですが、内側扉は(どうも柱と柱の内側にもう一本柱を追加しているような形になっている関係で)扉自体は外側扉と同じくらいなのに、全体幅は階段の2/3くらいを占めています(判りにくい説明)。

出っ張ったケージの左辺は、だいたい、1柱間の2/5くらいまで左に出っ張っている感じですね。
ちなみに、出っ張ったケージの右辺に対応する大ケージの柱は中央第一リングまでのもの、階段に落ちているのは外周から1つめのリングまでのものです。

参考写真を以下に。
http://kabanos.cocolog-nifty.com/photos/temp/20190626_161819.jpg
http://kabanos.cocolog-nifty.com/photos/temp/20190626_161844.jpg
http://kabanos.cocolog-nifty.com/photos/temp/20190626_161901.jpg
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Commented by hn-nh3 at 2019-06-27 04:42
猿の檻の階段周りの写真ありがとうございます。2年前に訪れた時は展望台の実測に時間がかかってしまい、その日はひどく暑かったせいもあり、猿の檻は細部まで観察できませんでした。簡単なルールでできてるから基本的な部分だけ調べておけば,,,的な思い込みもあったかもしれません。

実は階段の幅を推定するための寸法を測り忘れたこともあり、かなり曖昧にしたまま作図してました。幅は90センチぐらいと仮定してましたが、いただいた写真を見るともっと広いですね。確かに壁龕の幅と比しても階段はもっと広い。
試しにGoogleMapで砲台山の遺構を上から見たとものをキャプチャーして重ねて見ると、階段幅は140cmぐらいあるようにも思えます。

猿の檻の柱列の間に納まる寸法は110cmくらいですが、階段が柱列よりも広いというのは砲台山と同じような規格で作られていることを裏付けます。

猿の檻を遺構の上に作る時に、階段まわりでのモジュールのずれが生じてしまい、なんとか辻褄合わせをしているところなど職人さんの悪戦苦闘ぶりが想像できて面白いです。

他にもあちこち詳しく知りたい場所はあるのですが。。。。。。(笑) あー、ある程度のところで、私ももう一度調べに行きますよ、見に行きます。(^^:)



by hn-nh3 | 2019-06-23 08:31 | 構造物 | Comments(6)