ドイツ戦車色早見表:というか僕らは模型を何色で塗ったらいいのか
2021年 05月 07日

だけど、「買ってきた塗料の瓶から出した色をそのまま塗ってもドイツ戦車にならない」 というのは誰もが気づいているんじゃないかな。
たとえば「スケールエフェクト」の問題。模型は実物の色より明るくしないと見た目の印象が変わってしまう。1/35スケールでは10%くらい明度を上げて塗るのがお約束。
スケールエフェクトの根拠は諸説ありますが、個人的には屋外との照度の違いにあると考えています。部屋の照明 500~1,000ルクスに対して、屋外の自然光は5,000~100,000ルクスとはるかに明るい。もちろん肉眼もカメラも露出を変えて明るさを揃えようとするけど、屋外は太陽の光に加えて天空の散乱光が全方向から照らすので影の部分にも十分な光が届いています。室内だと照明以外の光が減るので全体に色が沈んで見える。それを補正するために明るく塗って太陽の光の印象を再現する、という話だろう。
タミヤの「ダークイエロー2」「ダークグリーン2」など最近の調色はスケールエフェクトが加味されているそうです。敢えてRAL番号をつけてないのはそれが理由かも。
RALの色番号を正確に再現した塗料は、模型に塗る時に明るめに調整すると実感に近づきます。
もう一つの問題は後で話をするとして、まずは大戦期のドイツ軍戦車の塗装色と対応した模型用塗料のカラーチップと当時のカラーフィルムを見比べてみます。塗料サンプルはAKのリアルカラー、ライフカラー、ファレホ、ミッションモデルズペイント、タミヤ、ガイアカラー。※WEB用のカラーチップなので実際の塗色と異なります。
カラーフィルムはそれぞれの発色の違いを比べられるように、周りに人間が写っているものをなるべく選んでみました。


















AFVリアルカラー(日本語版) A4版 208P 2018:モデルアート社








すると、車体の淡い色調と砲身のくっきりとした色の違いはどう考えればいいのか。車体の迷彩は曲線のエッジで構成された塗り分けですが、砲身の塗り分けは少し鋭角の直線的なパターン。砲身は消耗品だからひょっとすると最近交換して塗装したばかりの色かも知れません。車体はだいぶ前に塗ったもので退色もしているし埃をかぶっているし、その時は薄めた塗料を工場で塗ったのか.. いずれも想像の域を出るものではありませんが、一つの車両の中にも何らかの原因で違うトーンの迷彩が混在するというのは面白いと思います。

模型の色は迷彩色の指定がダークグリーンからオリーブグリーンに変わったように、それぞれの時代の解釈の結果でもあるし、模型を見て模型を塗ると調色の罠に陥りやすいので、なるべくオリジナルのイメージに接して感じとったものを模型に表現するのが結局は近道なんだと思います。その意味ではカラー写真はモチーフのイメージを確かめる大事な手がかりになります。
しかし忘れてはいけないのは、「カラー写真も実物の色をトレースしたものではない」ということです。カメラに写る色が実物と同じでないのは当たり前の話ですが、現在、目にしている記録フィルムの色というのも人工的に作られた色です。下の写真は1942年頃、ドイツのカメラマンがウクライナの少女を撮った写真ですが、発色の違う2つのバージョンが存在します。右側の色の被った写真が退色したポジから焼いたものでしょう。そして左側の鮮やかな画像は、右の写真をPC上でキャリブレーションをかけて「当時の色彩」を復元したものだと思われます。

だけどその向こう側にしか本当の色が残ってないというのも、もう一つの事実です。
・German Armour Camouflage
・Missing Lynx > DAK Pz. II Libya, 1941, what are the correct colors...?
・Missing Lynx > Tropen color of StuG.Abt.184
・タミヤ 1/35 MMシリーズのカタログ
・その他、ネットで拾ったカラー画像
+ Twitterで情報、写真の収集に協力いただいた方々に感謝
記事化お疲れさまです
ミシリンでも時々議論が巻き起こりますが、
色に関しては明確な資料がないのもあってか
曖昧なまま議論が収束してしまうことも多いんですよね
234/4の車体と砲身の色の違いは砲身の耐熱グレープライマーの影響というのも考えられるのかも、と
大戦末期の塗装に関してはレッドプライマーの上に直接塗装と、
もう1つリン酸亜鉛パーカライジング、いわゆるグレープライマーの上に
直接塗装した例もあったんじゃないかという話もあるようですね
戦後のMNH工場のカラー写真でもレッドプライマーの砲塔と
塗装された砲塔、それにフェンダーが黒いヤークトパンターが並んでたりしますし
https://cacoethes.web.fc2.com/Pzkpfw4/j/j-feb-2.html
ただこの砲塔の色もAusgabe1944なのかグレープライマーなのかで
人によって意見が分かれたりしているので色の話は本当に難しいですね…
ミシリンでも時々議論が巻き起こりますが、
色に関しては明確な資料がないのもあってか
曖昧なまま議論が収束してしまうことも多いんですよね
234/4の車体と砲身の色の違いは砲身の耐熱グレープライマーの影響というのも考えられるのかも、と
大戦末期の塗装に関してはレッドプライマーの上に直接塗装と、
もう1つリン酸亜鉛パーカライジング、いわゆるグレープライマーの上に
直接塗装した例もあったんじゃないかという話もあるようですね
戦後のMNH工場のカラー写真でもレッドプライマーの砲塔と
塗装された砲塔、それにフェンダーが黒いヤークトパンターが並んでたりしますし
https://cacoethes.web.fc2.com/Pzkpfw4/j/j-feb-2.html
ただこの砲塔の色もAusgabe1944なのかグレープライマーなのかで
人によって意見が分かれたりしているので色の話は本当に難しいですね…
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tk*m2さん
アドバイスいろいろありがとうございました。
背中を押されて、だいぶ深入りしてしまいましたよー(笑)
そもそもの発端は、模型用のオリーブグリュンの色がどうもピンとこないところが多くてそこから拡がって...
プライマーの色は思った以上にグレープライマーがあったんじゃないかと私も思ってます。ヘッツァーに関しては車体はグレープライマーとほぼ確信してます。転輪などサブパーツはレッドプライマー。
MNH工場のパンターの写真はよく話題に上りますね。ヤクパンのフェンダーはジンク系のプライマーだとかの。
言われてみると砲塔の淡い色もグレープライマーの可能性はありますね。車体がずらりと並んでる写真、F型車体が混ざってるとかの一枚。これもひょっとするとグレープライマーだったりするのかも。いわゆる「グリーンベース」の頃は下地がレッドプライマーではなくグレープライマーだったと仮定する方が仕上げの色の発色など説明がつくこと多いんですよね。
アドバイスいろいろありがとうございました。
背中を押されて、だいぶ深入りしてしまいましたよー(笑)
そもそもの発端は、模型用のオリーブグリュンの色がどうもピンとこないところが多くてそこから拡がって...
プライマーの色は思った以上にグレープライマーがあったんじゃないかと私も思ってます。ヘッツァーに関しては車体はグレープライマーとほぼ確信してます。転輪などサブパーツはレッドプライマー。
MNH工場のパンターの写真はよく話題に上りますね。ヤクパンのフェンダーはジンク系のプライマーだとかの。
言われてみると砲塔の淡い色もグレープライマーの可能性はありますね。車体がずらりと並んでる写真、F型車体が混ざってるとかの一枚。これもひょっとするとグレープライマーだったりするのかも。いわゆる「グリーンベース」の頃は下地がレッドプライマーではなくグレープライマーだったと仮定する方が仕上げの色の発色など説明がつくこと多いんですよね。
大戦後期のいわゆるレセダグリーンですが、
43年4月のH.M.1943 S.113 Nr.181ではRAL 6003はolivgrunとなっていて、
これはRLM80に相当する色なんだそうですが、
1944年の塗装に関する書類ではRAL 6003は単なるgrunでしていされていて、
これがRLM62に相当する色でいわゆるレセダグリーンじゃないか、
って話があるようです
末期は塗料不足でダークイエローに車内色のエルフェンバインを混ぜた、とか
チェコ製戦車はチェコ規格の塗料なので色が違うって話もあるみたいですが、
カラー写真の車両に実際にどの色が塗られていたのかが分からないので
どうしても推測混じりになってしまうのは避けられないと思うのですが、
こうして文章化されると曖昧だった部分が明確化されて、
考察の出発点としてとても有意義だと思います
43年4月のH.M.1943 S.113 Nr.181ではRAL 6003はolivgrunとなっていて、
これはRLM80に相当する色なんだそうですが、
1944年の塗装に関する書類ではRAL 6003は単なるgrunでしていされていて、
これがRLM62に相当する色でいわゆるレセダグリーンじゃないか、
って話があるようです
末期は塗料不足でダークイエローに車内色のエルフェンバインを混ぜた、とか
チェコ製戦車はチェコ規格の塗料なので色が違うって話もあるみたいですが、
カラー写真の車両に実際にどの色が塗られていたのかが分からないので
どうしても推測混じりになってしまうのは避けられないと思うのですが、
こうして文章化されると曖昧だった部分が明確化されて、
考察の出発点としてとても有意義だと思います
1944年のRAL6003の表記変更があったというのは
興味深い話ですね。もう少し補完情報が見つかるといいのですが..
オリジナルの塗料缶らしき写真もあったりしますが
https://imgur.com/WGvMEjI
このグリーンは明らかに ”OLIVGRUN”とは違う明るい色調です。これが本物だとすると、「ResedaGreen」の存在を証明するものにもなるのですが。例えばそれが45年頃の標準色となると、逆に上掲のグリーンベースのパンターの色が暗いグリーンの意味が説明しにくくなるのもまた悩ましい。
>末期は塗料不足でダークイエローに車内色のエルフェンバインを混ぜた
これは少々マユツバな気はします。確かに一時は廃止された車内の白塗装が復活して、「混色」の環境は揃っていたと言うことはできるのでしょうが、
逆に混色前の塗料で塗った事例が「例外」として明確に見つからないと、車種や工場をまたいで明るいダークイエローが拡がった現象が説明しにくいところです。
仮にエルフェンバインを混ぜて代用するとしても、基準色と言うのが意識されていれば
エルフェンバインにロトブラウンを微量混ぜてRAL7028で定める明度に近づけようとするんじゃないかしら、ドイツ人的には。何か外部的な変更の意思がないと。
>チェコ製戦車はチェコ規格の塗料なので色が違うって話もあるみたい
この話は以前、四谷仙波堂で店主からも聞いたことがあります。確かにそう考えると腑に落ちることが多くて
末期のハードエッジの雲型迷彩なんかもチェコ規格の色との類似性を感じます。
ダークイエローより明るい白のような色を加えた4色迷彩のヘッツァーのカラー写真で残ってたりする話、記事で使ったヘッツァーの迷彩の「白に近いダークイエロー」は突っ込むと面白いのですが、話がまとまらないので今回はスルーしてます。
折角なので別項でその話もしたいとは思ってます。戦前の3色カラーと車内色もシートにまとめてる準備はしてますし。
興味深い話ですね。もう少し補完情報が見つかるといいのですが..
オリジナルの塗料缶らしき写真もあったりしますが
https://imgur.com/WGvMEjI
このグリーンは明らかに ”OLIVGRUN”とは違う明るい色調です。これが本物だとすると、「ResedaGreen」の存在を証明するものにもなるのですが。例えばそれが45年頃の標準色となると、逆に上掲のグリーンベースのパンターの色が暗いグリーンの意味が説明しにくくなるのもまた悩ましい。
>末期は塗料不足でダークイエローに車内色のエルフェンバインを混ぜた
これは少々マユツバな気はします。確かに一時は廃止された車内の白塗装が復活して、「混色」の環境は揃っていたと言うことはできるのでしょうが、
逆に混色前の塗料で塗った事例が「例外」として明確に見つからないと、車種や工場をまたいで明るいダークイエローが拡がった現象が説明しにくいところです。
仮にエルフェンバインを混ぜて代用するとしても、基準色と言うのが意識されていれば
エルフェンバインにロトブラウンを微量混ぜてRAL7028で定める明度に近づけようとするんじゃないかしら、ドイツ人的には。何か外部的な変更の意思がないと。
>チェコ製戦車はチェコ規格の塗料なので色が違うって話もあるみたい
この話は以前、四谷仙波堂で店主からも聞いたことがあります。確かにそう考えると腑に落ちることが多くて
末期のハードエッジの雲型迷彩なんかもチェコ規格の色との類似性を感じます。
ダークイエローより明るい白のような色を加えた4色迷彩のヘッツァーのカラー写真で残ってたりする話、記事で使ったヘッツァーの迷彩の「白に近いダークイエロー」は突っ込むと面白いのですが、話がまとまらないので今回はスルーしてます。
折角なので別項でその話もしたいとは思ってます。戦前の3色カラーと車内色もシートにまとめてる準備はしてますし。
とりあえず43年と44年の指令と6003がRLM62相当である書類をまとめて置いておきました
https://cacoethes.web.fc2.com/Pzkpfw4/j/j-45feb-2a.html
基本塗装をグリーンにする指令の中では
同時にグリーン塗料がない為に納品が遅れてはならない、
との文面もありますし、
従来の在庫の塗料を使い切る慣例もあるようなので
暗いグリーンの在庫があればそれを使うのも不思議ではないようにも思えます
https://cacoethes.web.fc2.com/Pzkpfw4/j/j-45feb-2.html
ここら辺、塗装が先行してそれを追認して指令が出てるようだったり、
その逆だったりと所謂ドイツ人的ってほどきっちりしてなかったんじゃないかなぁって印象があります
と言うよりも戦争の規模の拡大が急過ぎて、
そこまできっちりしてられなかったんじゃないかな、とも
https://cacoethes.web.fc2.com/Pzkpfw4/j/j-45feb-2a.html
基本塗装をグリーンにする指令の中では
同時にグリーン塗料がない為に納品が遅れてはならない、
との文面もありますし、
従来の在庫の塗料を使い切る慣例もあるようなので
暗いグリーンの在庫があればそれを使うのも不思議ではないようにも思えます
https://cacoethes.web.fc2.com/Pzkpfw4/j/j-45feb-2.html
ここら辺、塗装が先行してそれを追認して指令が出てるようだったり、
その逆だったりと所謂ドイツ人的ってほどきっちりしてなかったんじゃないかなぁって印象があります
と言うよりも戦争の規模の拡大が急過ぎて、
そこまできっちりしてられなかったんじゃないかな、とも
tk*m2さん
オリジナルの資料、ありがとうございます。伝聞の伝聞ではなく一次資料に立ち返って考えないといけませんね。
"grun"という呼称がブラウンやゲルプの表記と同様に簡略化した表記なのか、オリーブグリュンという括りを外したものなのかははっきりしませんが、ダークイエローをアウスガーベ1944と従来の7028とは違うよの表示があることからすると、グリーンとブラウンは幅のある解釈ができるようになっていたのかもしれませんね。
ダークイエローの色調の変更は対空偽装を意識した明確な色変更の意思を感じますが、グリーンはどうなのかしら。
RLM80からRAM62相当の色への変化は単に調達できる顔料が変わったからだったりして。
それか迷彩スキームが変わってオリーブグリュンをベタ塗りすると暗すぎるって話が出て明るい調合が行われていたのか。
オリジナルの資料、ありがとうございます。伝聞の伝聞ではなく一次資料に立ち返って考えないといけませんね。
"grun"という呼称がブラウンやゲルプの表記と同様に簡略化した表記なのか、オリーブグリュンという括りを外したものなのかははっきりしませんが、ダークイエローをアウスガーベ1944と従来の7028とは違うよの表示があることからすると、グリーンとブラウンは幅のある解釈ができるようになっていたのかもしれませんね。
ダークイエローの色調の変更は対空偽装を意識した明確な色変更の意思を感じますが、グリーンはどうなのかしら。
RLM80からRAM62相当の色への変化は単に調達できる顔料が変わったからだったりして。
それか迷彩スキームが変わってオリーブグリュンをベタ塗りすると暗すぎるって話が出て明るい調合が行われていたのか。
twitterで色々と書いているのですが、RLM62は1944年にRLM82に改番されているようです
でRLM82はMr.カラーだとC122ライトグリーンに相当するそうです
そこら辺をさらに掘り下げていくとRLM81と82のカラーチャートを配るのは不可能で、
その結果として塗料の受け入れ検査は行わないとRLMが述べているそうで
ですので
「グリーンとブラウンは幅のある解釈ができるようになっていたのかもしれませんね」
というのはRLM82に関してはそういう状態だったようで、
実際の機体から採られたカラーチップでも明暗の異なる緑が見られますので、
塗料の供給体制、供給元が同様なのであれば
同時期に異なる明るさのグリーンが同時に存在するのも不思議ではなくなるかもしれません
ダークイエローの色調の変化に関しては
フランスとイタリアの失陥による黄土原鉱の供給途絶による顔料不足が原因だとの記述がドイツ語サイトでありました
http://www.kfzderwehrmacht.de/Hauptseite_deutsch/Verschiedenes/Farbanstrich/Tarnanstriche_43_-_45/tarnanstriche_43_-_45.html
今回色々と調べてみて個人的にはドイツ人的厳格さ、というのを無意識に
と言うよりも無邪気に重視しすぎていていて
逼迫した状況を軽視していたのかもしれない、と思ったりもしました
でRLM82はMr.カラーだとC122ライトグリーンに相当するそうです
そこら辺をさらに掘り下げていくとRLM81と82のカラーチャートを配るのは不可能で、
その結果として塗料の受け入れ検査は行わないとRLMが述べているそうで
ですので
「グリーンとブラウンは幅のある解釈ができるようになっていたのかもしれませんね」
というのはRLM82に関してはそういう状態だったようで、
実際の機体から採られたカラーチップでも明暗の異なる緑が見られますので、
塗料の供給体制、供給元が同様なのであれば
同時期に異なる明るさのグリーンが同時に存在するのも不思議ではなくなるかもしれません
ダークイエローの色調の変化に関しては
フランスとイタリアの失陥による黄土原鉱の供給途絶による顔料不足が原因だとの記述がドイツ語サイトでありました
http://www.kfzderwehrmacht.de/Hauptseite_deutsch/Verschiedenes/Farbanstrich/Tarnanstriche_43_-_45/tarnanstriche_43_-_45.html
今回色々と調べてみて個人的にはドイツ人的厳格さ、というのを無意識に
と言うよりも無邪気に重視しすぎていていて
逼迫した状況を軽視していたのかもしれない、と思ったりもしました
すばらしいリサーチ!
塗装に関する「定説」をアップデートする必要がでてきましたね。どこかのタイミングで記事も補筆訂正しようと思います。
RAL6003 Olivgrun は航空機用迷彩色 RLM62 を適用したものだという話だったのですから、RLMにも目を向ける必要ありましたね。
44年のRLM62のRLM82への改番とは本当にヤヤコシイ。
当時でも混乱したんじゃないかと思ってしまいますが、
ダークイエローも原料調達の問題がアウスガーベ44の背景になってたという話と
同様のことがグリーンにもあったのかもしれませんね。
製造段階でのグリーンの色調変化が大きくなって、追認するようにカラーチャートの色番号変更が行われたと考えれば
現場的な混乱は生じない訳で...
仮説を立てて調べるのと予断をもって証拠探しするのは紙一手。なかなか難しい。
ドイツ的厳格さというのも案外、戦後神話だったりするかもですね。
日本の工業製品が高品質というのも戦後にアメリカの品質管理が導入されて以降の話だから、
日本軍機は質に優っていたけどアメリカの物量に負けた、なんていうよくある論調も..
塗装に関する「定説」をアップデートする必要がでてきましたね。どこかのタイミングで記事も補筆訂正しようと思います。
RAL6003 Olivgrun は航空機用迷彩色 RLM62 を適用したものだという話だったのですから、RLMにも目を向ける必要ありましたね。
44年のRLM62のRLM82への改番とは本当にヤヤコシイ。
当時でも混乱したんじゃないかと思ってしまいますが、
ダークイエローも原料調達の問題がアウスガーベ44の背景になってたという話と
同様のことがグリーンにもあったのかもしれませんね。
製造段階でのグリーンの色調変化が大きくなって、追認するようにカラーチャートの色番号変更が行われたと考えれば
現場的な混乱は生じない訳で...
仮説を立てて調べるのと予断をもって証拠探しするのは紙一手。なかなか難しい。
ドイツ的厳格さというのも案外、戦後神話だったりするかもですね。
日本の工業製品が高品質というのも戦後にアメリカの品質管理が導入されて以降の話だから、
日本軍機は質に優っていたけどアメリカの物量に負けた、なんていうよくある論調も..
アグファとコダクロームとフィルムの色に付いて言われていますが、アグファ、フジ、コダックでもエクたクロームは色素がフィルム上にある内式、コダクロームだけがが現像時に色素を入れる外式であったと記憶しています。
経年劣化に対する退色ですが外式のコダクロームは他の内式よりかなり強いと写真業界で十数年飯食った間の記憶がある。
もちろんコダックでもコダクロームとエクタクロームでは発色の傾向は異なるし鮮度が良ければエクタクロームの方(これの中でも感度の種、同一感度でもプロ用アマ用もあり若干色味は異なる)が自然な感じだったと記憶しているけど、かと言ってコダクロームがかけ離れた発色をしていたわけでもなく個人的にはF1.4とかの明るいレンズを使って低感度である感度25のKM(標準的なコダクロームは感度64のKRと言われるものだったと記憶してます)とか好んで使っていました
なんで、古い写真フィルムでのコダクロームとそれ以外との比較でなら私は無条件にコダクローム推しをしますw
経年劣化に対する退色ですが外式のコダクロームは他の内式よりかなり強いと写真業界で十数年飯食った間の記憶がある。
もちろんコダックでもコダクロームとエクタクロームでは発色の傾向は異なるし鮮度が良ければエクタクロームの方(これの中でも感度の種、同一感度でもプロ用アマ用もあり若干色味は異なる)が自然な感じだったと記憶しているけど、かと言ってコダクロームがかけ離れた発色をしていたわけでもなく個人的にはF1.4とかの明るいレンズを使って低感度である感度25のKM(標準的なコダクロームは感度64のKRと言われるものだったと記憶してます)とか好んで使っていました
なんで、古い写真フィルムでのコダクロームとそれ以外との比較でなら私は無条件にコダクローム推しをしますw
こんにちは
アフリカ戦線の88ミリ砲を作ろうと、塗装の資料を探していたら、貴殿のブログにたどり着きました。フムフム、なるほどと勉強させて頂き、8トンハーフ共々、作りました。よろしければ、写真の1枚を引用という形で挙げたのですが、いかがでしょうか。
アフリカ戦線の88ミリ砲を作ろうと、塗装の資料を探していたら、貴殿のブログにたどり着きました。フムフム、なるほどと勉強させて頂き、8トンハーフ共々、作りました。よろしければ、写真の1枚を引用という形で挙げたのですが、いかがでしょうか。
by hn-nh3
| 2021-05-07 19:01
| 資料
|
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