507の虎

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1944年8月、ポーランドの首都ワルシャワでは市民がドイツ軍に対して反抗の狼煙を上げた。ワルシャワ蜂起と言われる抵抗が開始される。しかし援護を期待していたソ連軍はなぜか川の対岸で停止。市民の蜂起は2ヶ月ほどでドイツ軍に鎮圧されてしまう。ソ連軍の補給線が延びきって疲弊していたためとも、英国に支援されたポーランド国内軍が力を持つのをソ連政府が望まなかったためとも言われている。

戦線は不思議と安定していた。ワルシャワ北方、ナレフ河畔に展開していた第507重戦車大隊も防衛ラインを固めて、戦車の側に壕を掘って「ホテル」を作り、秋には近くの村の収穫を手伝ったりしていた。

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第507重戦車大隊は1943年9月の編成後、3中隊50両を超えるティーガー1を受領して1944年の3月に東部戦線に移送、現ウクライナのリヴィウ東方のタルノポリ戦区に投入されています。その後、6月のソ連大攻勢で崩壊したドイツ中央軍集団の防衛線の立て直しのために7月より現ベラルーシ方面に送られポーランド国境への後退戦に参加。夏以降はソ連軍も損耗車両の補充が進まず戦線は膠着状態になり、この状態は1945年の1月にソ連軍が再び大攻勢をかけるまで続きます。

第507重戦車大隊のティーガー1は砲塔に描かれた部隊ナンバーがユニークで、模型で再現するアイテムとしても気になる存在です。砲塔の上下端まで使った大きな中隊番号と小さく描かれた小隊番号は書体の手描きの拙さもあって個性的。砲塔の予備履帯は夏以降に標準装備の枚数より増やして巻き付けるようになり、そして履帯で隠れてしまうナンバーを上から書き足しています。他の重戦車大隊では見かけない独自のスタイル。

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車体前面装甲の左右には予備履帯を貼り付け、車体側面には巻きつきた丸太の束を隙間なくぶら下げている車両が多い。悪路走破用の装備と思われるが防弾効果を期待しているのだろう。

代替本部の指揮戦車は第507重戦車大隊ではA、B、Cのナンバリング。砲塔の左右と後部雑具箱にデカデカと手書きの拙いアルファベットで描いています。指揮戦車の車両は44年1月の指揮戦車仕様。砲塔に無線機を積むために同軸機銃を外して装甲栓で穴を塞ぎ、砲塔上面にアンテナ。車体右側にはスターアンテナを装備して、車体後部に予備アンテナホルダーを付けています。

第507重戦車大隊に配備されたティーガー1は主に中期型と後期型。 中期型は砲塔に1943年7月採用の新型キューポラを装備、転輪は初期型より踏襲されたディスク形で、殆どの車両がエアフィルターを未装備であることから43年10月以降の生産車と考えられます。このページ:"Schwere Panzer-Abteilung 507"をみると、1943年12月〜1944年2月までに45両を受領とあるので、多くはこの時期の特徴でもある後部トラベリングラックを装備した中期型と思われます。3月に追加受領した6両は各中隊本部の102、103、202、203、302、303号車で、2月から生産された鋼製転輪を装備した後期型であったことが写真からもわかります。4月と7月、8月上旬に届いた補充車両も鋼製転輪を装備した後期型と思われます。

どのナンバーの車両が中期型でどの車両が後期型になるのか、ちょっと整理するためにリストを作ってみました。

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車両の生産時期の分類はGroundPower2018年5月号の寺田光男氏の記事及び尾藤満氏のアハトゥンクパンツアーno.6を参照、車両ナンバーの解読は"TIGER BATALION 507"(2020)に多くを拠っています。 (記事の後半に解像度の高いリストを載せておきます)

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リストを作ってみると、同じナンバーでも時期で車両が替わっていることに気が付きました。例えば第1中隊本部の100号車は車体後部にエアフィルターを装備した中期型7~9月生産車(写真左上)を編成当初に使用、8月頃はエアフィルターのない中期型(写真右上)、そして秋から冬にかけては鋼製転輪を装備していると思われる後期型(写真下段)を使用。後期型の車両では砲塔の予備履帯を追加して、履帯の上からナンバーを描き足しています。

考えてみれば車両は消耗品。故障や破損など7月の終わりまでに28両、部隊の半数の車両が入れ替わってます。7月28日に補充された6両は第506重戦車大隊の残存車両だというから、必ずしも新品が補充された訳ではないことが部隊の編成を複雑にしています。

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301号車の写真にはいろいろと謎があります。泥濘に足を取られた車両の雑具箱に描かれた301のナンバーは中隊番号が大きい507重戦車大隊の特徴を示してます。部隊で標準的に使用していた中期型車両ではなく、301号車は初期型のキューポラを装備した1943年6月以前の生産車。そして前方で救出を手伝う車両は122号車ですが黒文字の均等サイズのナンバリングを見る限り、どうも第507重戦車大隊の車両ではなさそうです。このナンバーは第509重戦車大隊に見られる書体です。

調べてみると第509重戦車大隊は1944年4月頃にタルノポリ南郊にいたようです。この地区で第507重戦車大隊と共同で戦線を張っていたのでしょうか。兵士の服装も春頃の感じがするので、その頃に撮影されたものかもしれません。
中期型や後期型を装備していた第507重戦車大隊で、この301号車が初期型を使用している理由は不明ですが、他の部隊からの編入車両もしくは中古再生品だったのかもしれません。ティーガーは被弾しても全損することは少なく修理すれば使えたとも聞きます。第507重戦車大隊は後に1945年1月のソ連大攻勢の後退戦の中で車両の殆どを失うことになりますが、戦闘で失われたのは半数程度、残りは退却時の故障や橋を渡れなくて放棄されたということです。

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ティーガー1のキットを組むなら、この507重戦車大隊のティーガー1はいつか作ってみたい。そう思ってドラゴンのキットを少し組んでみました。StarDecaleでこの部隊のデカールも出てるのを見つけて、どの車両を再現したらいいかあれやこれやと調べていたら面白くなってきて、こんなリストを作ってみた次第。

だけど、肝心な模型はこの2ヶ月くらいモヤモヤと視界が晴れずに停滞中。さてどうする。

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Commented by hiranuma at 2022-05-23 14:33 x
所有しているグランドパワー の1996.6、7、10、1997.5にティーガー⑴〜⑷として特集されていますが内容は違っていてるようで島田光男さんも筆者ですがもっぱらディテール解説です。大隊の変遷を北村裕司さんが書かれていますが各大体を大雑把に記述されていて507重戦車大隊をこの様にまとめているのは資料として価値が高いと思います。
そのうちのどの車両を作るのか、楽しみです。
Commented by hn-nh3 at 2022-05-23 18:45
507重戦車大隊はドラゴンの中期型のキット(no.6700)に113号車、132号車のデカール。スターデカールに100号車、114号車、203号車、323号車のデカールが入ってます。スターデカールの車両は鋼製転輪の後期型の車両で見られるもの。その他スターデカールから指揮戦車のA,B,C号車のデカールもあるので、選択肢はそれくらいでしょうか。(デカールの数字をバラバラにすればほぼ全車両への対応も可能ですが)

100号車は中期型でも後期型でも使えるので、それにしようかと考えてます。冒頭の車両も100号車(もしくは101)ではないかと。この車両のように側面に木の束をぶら下げて夏のポーランドを再現するか。
Commented by かば◎ at 2022-05-27 22:32 x
ミカンセーキさんが、ミカンセーキさんが!
こんな超有名・超人気ど真ん中車両を作るなんて!

う、うらぎりもの~!(嘘です嘘です)

ミリタリー物のプラモデルのド定番といえば、飛行機はゼロ戦、船は大和、戦車はティーガーIだと思うんですが、私は未だに、35のティーガーIを作ったことがありません(フジミの76は作りましたが)。
一応、タミヤの(再出発第一弾の)後期型ティーガーIと、なぜかアカデミーのフルインテリア初期型を持ってますが、いまさらあれらを作る機会があるかなあ(実はオータキの中期型も持っています)。
でも、この507のマーキングはいいですね。
Commented by hn-nh3 at 2022-05-28 08:56
かば◎さん
柄にもなく「タイガー戦車」に手を出したのは、Twitter上で「トラコン2020」なるものがあると聞き、そんなことでもない限りティーガー1なんて作ることないだろうなと思い、持っていたドラゴンのキット(中期型)を組み始めました。
しかし締め切りが6月6日ですから、自分のいつものペースからすると、調べ物をしたところで事実上の敗北宣言とも...

とはいえ507重戦車大隊の車両は、ナンバーの書体や砲塔の予備履帯の増設、側面の木束など見どころが多いので模型で再現するのが面白そうなアイテムです。
ロケーションと時期も気になってます。44年8月のワルシャワ近郊というと、ちょうど市内でワルシャワ蜂起が起こっていたところ。作りかけのChwatもあることだし、この二つを作り進めて今年の東京AFVの会に...なんてことを目論み始めてます。

44年8月はワルシャハの北側に507重戦車大隊、南には501、509重戦車が控えてたんですね。ソ連軍がワルシャワ蜂起に呼応して市内突入をして来なかったのは、迂闊に渡河して市内に突入したら南北から虎部隊に締め上げられて「ワルシャワポケット」になりかねないという危険もあったからなのかと..地図を見ながらそんなことを想像してます。
Commented by hn-nh3 at 2022-05-28 10:11
メジャーどころとしてはこの中期型ティーガー1の他にヤクトパンターG2なんかも持ってたりしますね。基本的にはちっこい車両が好きなのでヤクトパンターは作らないかも。パンター系はベルゲパンター(ザイベルトD型)を持ってるくらい。
ソ連戦車はISー2は作りたいと思ってるんですけど、例のどのメーカーのが最適解なのかという問題が..
Commented by デビグマb at 2022-05-28 13:38 x
マチルダやT60の時も思ったんですが、資料まとめにどのくらい時間がかかっているのでしょう。膨大な情報をリスト化されているのでいつも感心しております。
Commented by hn-nh3 at 2022-05-28 18:01
デビグマさん、リストのファイル作成日を見たらウクライナ侵攻開始の日でした。2月24日。ラフに形になったのか3月18日だからだいたい3週間くらいですかね。キエフの状況が気になって戦車プラモ作るメンタルではなかったんで、いい時間潰しになってました。カープラモ作ったりの合間の作業なので実質は1週間くらいかしら。車両ナンバーの解読と画像ファイル名のインデックス化がメインでリストはエクセルファイル(正確にはMacソフトのNumbers)にペーストしていくだけ。

そもそもタイガー戦車なんて初期型、中期型、後期型ぐらいのざっくりとした括りで理解してた程度の知識なんで、そこから生産時期によるディテール変遷の勉強をしたり、507重戦車大隊の足取りを追跡したりの方が時間かかりましたね。

ティーガー1に標準の筒型尾灯ではなくよくある4つ穴の角形車間表示灯をつけてる車両があったりしたり、予備履帯増設などイレギュラーな仕様に何か法則性があるか気になって集めた写真を整理しようと思ったのが発端です。
by hn-nh3 | 2022-05-22 19:42 | Tiger戦車 | Comments(7)