断片的思考のメモ


by hn-nh ( or hn )
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久しぶりに模型の話。ブラチモデルのフルレジンキット:ロレーヌシュレッパー 15cm自走砲をSUMICON参加作品として、6月より制作しているのだけど、いろいろとあって制作は大幅遅延。
そういえばこっちのブログではこの話題の記事はまだアップしてなかったことに気づきましたが、今更最初から始めるのも気がひけるので、現在進行形の話から始めます。

今回はオープントップの戦闘室内に搭載された無線機の話。生産数の少ない自走砲は記録写真も少ないこともあって、戦闘室内の装備はモデラー泣かせ。多分にもれずロレーヌシュレッパー 15cm自走砲も、内部がわかる写真が非常に少ない。北アフリカに送られ1942年のエル・アラメイン戦で捕獲された車両を調べた報告書(Preliminary Report No. 13 - Lorraine S.P. Mounting)を見ると、戦闘室には砲弾ラックの類はなく、単純に榴弾砲と乗員スペースを囲っただけのものだったようだ。

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オープントップの戦闘室左後部に無線機を積んでらしく、「収容箱が2個」との記述が確認できます。残念ながら無線機周辺を写した写真が報告書には載っていないので、推測にはなるがMarderllなどに搭載されていたような2段式の無線機ラックが装備されていたのだろうか。この記述が正しいとすれば、他の自走砲車両の事例を参考にモデリングすればよさそうにも思われますが、気になるのが次の写真。

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ノルマンディ戦で捕獲されたと思われる記録写真が残ってます。鮮明さを欠くのが惜しまれますが、無線機周りの装備がわかる貴重な写真。比較参考にアフリカで捕獲された車両と、同じくノルマンディ戦の車両の写真も並べて検証してみます。

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無線機が設置されているのは黄色い数字のno1.の部分。上から見たノルマンディ戦の車両では無線機ラックは2段積みのタイプではなく1つしかないように見えます。下の写真のアフリカ戦の車両ではぼんやりとした影ぐらいにしか判別できない。アンテナのつく雨避けのガード(no.2)はどの車両でも共通して確認可能。その隣の四角い箱(no.3)はヘッドホン収容箱と想像しますが、設置が確認できるのはアフリカの車両のみ。ノルマンディの車両では雨避けガードの下部に無線機用変圧器(no.4)の取付金具があるのがわかります。

砲弾ラックのようなもの(no.5)がノルマンディ戦の車両に積んであるのが見えますが、固定式の装備ではなく、運搬用の砲弾コンテナを必要に応じて載せてたのかもしれません。

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参考資料として、2段組の無線機ラックと1段のみのラックの搭載事例。38t戦車車台を利用したグリレH型とマーダーlll M型の写真。

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2段組のラックに搭載されていたのは、Fu5(もしくは Fu16)と言う受信機と送信機が別筐体になっているタイプでII号戦車からティーガーまでの戦車系列、III号突撃砲やヘッツアーなど密閉式の戦闘室を持つ突撃砲/駆逐戦車などが主に装備。それに対して、1個タイプのFuSprech a/d/fはsdkfz.250などハーフトラック、ベスペやマーダーIIIといったオープントップの自走砲などに搭載。上の無線機の写真はK59(1120)のレジンキット。

無線機の機構と運用方法から詳しく紐解いていけば、どの車両にどのタイプの無線機が使われていたか明確にわかるのかもしれませんが、まだそこまで調べ切れてないので、事例からの推測にはなりますが、オープントップの自走砲でも1942年に設計されたグリレHやマーダーIIは2段式のラック(Fu5/Fu16)が採用され、同様に1942年に生産、北アフリカに送られたロレーヌシュレッパー自走砲も2段式のラック(Fu5/Fu16)を搭載していたとするのに無理はなさそうです。

ではなぜノルマンディ戦の車両では2段ラックではなく1個タイプの無線機を積んでいるように見えるのか?。おそらくは1943~44年に生産された多くの自走砲と同様にFuSprech a/d/fを搭載していたからでは、と想像します。

ロレーヌシュレッパー自走砲はアフリカに40両が送られた後、さらに40~50両が追加生産。後部の駐鋤などが改良されたバージョンがノルマンディに配備。その際に無線機の仕様も変更された可能性を考えてます。同じロレーヌシュレッパー車台を利用した7.5cm対戦車自走砲:マーダー1の無線機も1個タイプの無線機だったのは写真(Panzerwrecks 11 P56掲載)で確認。

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ロレーヌシュレッパー車台を利用した着弾観測車の写真。ロレーヌシュレッパー自走砲と同じアルフレッド・ベッカーの工場で生産された車両。砲兵部隊の前方に進出して、着弾位置の修正の指示を出すなど通信機能を強化した車両だけあってか、Fu5/Fu16(+Fu2/15) とFuSprech a/d/fの両方を装備していますね。

ノルマンディ戦で使われたロレーヌシュレッパー15cm自走砲の無線装備に関しては、別のアングルから写した内部写真が見つかるか何かの公式記録で確認できない限りは結論はなさそうですが、今回のモデリングではマーダー1 、マーダーlllと同様のFuSprech a/d/fを搭載していた、との仮定で進めてみます。

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用意した無線機のパーツ。黄色いレジンの機器はK59(1120)のFuSprech a/d/fのセット(no.Z-13)から。前にオチキス改造自走砲を作った際に購入したセットのあまり。FuSprech a/とFuSprech fの2つの無線機の2-in-1。ラックはオチキス改造自走砲の制作で使ってしまっていたので、ドラゴンのGrille自走砲のキットに不要パーツで入っていたMarderlll M用ランナーから流用。

変圧器、車内通話用コネクター、配線コネクター、アンテナベースはK59(1120)の無線機セットに入っていたもの。配線のソケットなど恐るべき注型精度。

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ドラゴンのMarderlll用パーツから流用した無線機ラックは抜きテーパーでフレームが厚くなっていたので、薄く削ってK59(1120)の無線機が嵌るように修正。

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部品を戦闘室に組み込んでみました。無線機ラックを車体に固定するホルダーはMarderlll用パーツをそのまま使用。実際にそうだったかは不明ですが、角度的にもぴったり。変圧器にはバッテリーからの電源と無線機、車内通話コネクターへの電源供給ケーブルを0.13mmの銅線を使って配線。
車内通話コネクターは、記録写真のアングルでは確認できないのですが、ヴェスペやマーダーlllでも装備していることから、同様に装備していたと仮定。

Panzerwrecks 11"Normandy-2" に掲載のマーダー1でも通話装置が写っていることから、ノルマンディ戦の時には他の車両と同様に装備していたと想像していますが。先掲のアフリカ戦の車両の調査報告書には運転手席への通話装置は確認できない、と記述があるので、初期生産車では車内通話コネクターは装備していなかった可能性はあります。

ヘッドホン用収容箱は無線機上に設置されていたのかいなかったのか、他の場所に配置されていたのか、わからなかったのでとりあえず保留。そのかわりに円筒状のスピーカーをアンテナベース脇にぶらさげてみました。このパーツはドラゴンのMarderlll用パーツのものを薄く削り込んで使ってます。最近発売されたPassionModelsのヴェスペ用エッチングセットにもスピーカーのフェイスは入ってましたね。

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配線はK59(1120)の無線機セットに入っていた説明書を参考にしています。配線に使った銅線はEUREKAのワイヤーセットから0.13mmのものを使用。変圧器周りの電源供給ケーブルはもうひとまわり太いのを使って、通信用コネクトケーブルとの太さの違いを表現すればよかった。と作った後で反省。

# by hn-nh3 | 2018-10-21 12:52 | ロレーヌシュレッパー系列 | Comments(6)

タビメモ

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旅先での写真から。
フランス、アルザス地方の平野部。ライン川西岸の乾いた黄褐色の土、雨が近づく空の光の色。9月。

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南部ドイツの田舎のあぜ道。砂利混じりの乾いた道の轍に沿って点々と生える雑草。よく見ると低い地這性の植物とロゼット状に伸びる草の濃いグリーンの2トーンがあることがわかる。

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道端に生える芝草の類。一様なグリーンではなく、ひとつひとつ独立した草株が密生して一面のグランドカバーを形成。一面の緑のカーペットではなく、疎らに地表面が残っているのが自然。

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少し丈のある下草。高さは30cm~50cm程度。すみません名前はわかりません。「ヨーロッパの雑草図鑑」なんていう便利な本はないのかしら?

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これは、タンポポですね。なんだ、ドイツも日本と生えてるものは変わらないんだね.. というより日本の野山に咲いているタンポポの殆どは、ヨーロッパ原産のセイヨウタンポポ。いわゆる帰化植物。

植物の国境は曖昧です。近所の空き地なんかでよく咲いている白いヒメジョオンも江戸末期に移入されて明治の頃にはすでに雑草化してたんだとか。
その逆でススキは園芸植物としてヨーロッパのあちこちの庭園で栽培されてましたね。日本原産のギボウシもあちらではホスタという名前でナチュラルガーデンの必須アイテム。農家の庭先の花畑もエキナセアとか日本の園芸ショップで売ってる花と変わらず、流行はワールドワイド。世界中の植物はオランダに集められて世界中に拡散しています。

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ドイツ南部の小さな街の石畳の表情。ヨーロッパの旧市街の路面は必ずと言っていいほど石畳。舗石というとモノトーンなイメージあるけど、使っている石は意外に色とりどり。白やグレーだけでなく赤っぽい色の石も混じってます。赤御影ではなさそうだからチャート石の類? 前にプラハの石畳は何色なのか調べたことあったけど、その時も意外に赤っぽい石を使っている写真が多かった。そういえばヘルシンキの石畳も赤みが強い石。

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石の隙間に生える雑草。基本的には石畳の作り方は下に砂利や砂を敷き詰めて石を叩き込んで動かないようにするから、草は生えにくいはずだけど、長い間に落ち葉や土が隙間に溜まったのかしら。写真を撮った場所は小さな教会のある広場の片隅でそこが影ができやすく、いつも湿ってるので草が生えたのかも。

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マンホールと石畳。マンホールの周りにぐるりと石を並べて納めてましたね。石も不揃いで古そうな感じですが、ヨーロッパの石畳は必ずしも古いものではなかったりする場合も多いのだとか。戦後のモータリゼーションで一度はアスファルト舗装の車道にしたものの、旧市街の環境保護のため、路面電車を復活させて車の通行を制限してアスファルトをやめて石畳に戻した事例など。だから、石畳のある街並みだからといって、必ずしも昔からの風景、という訳でもなかったりするみたい。

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ケーブルドラムも見かけました。前に記事で書いたことがあったので、ちょっと反応して写真を撮ってしまいました。風化した色合いとかモデリングの参考になります。

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ドラムの直径にはいくつかのバリエーション。大きなドラムは太い電線。小さなドラムに巻いてあるのは細い電線。こう書くと当たり前に思うけど、これを見るまではドラムのサイズの違いはなんだろう?と思ってましたよ。

ドラムが勝手に転がっていかないように、適当なものでストッパーをかませてあります。こういうリアルは意外と盲点。

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# by hn-nh3 | 2018-10-16 20:24 | 資料 | Comments(2)
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2018.10.06 築地市場場内にて(以下全て同日撮影 @hn-nh)

先週の土曜日、築地市場の最終日。この風景が好きで長年通い続けた場所だけに、もう見られなくなってしまうのかと思うと、どこか寂しい。
最終日だからといって、場内は特に普段と変わらず。市場の人も忙しく働いているものの時折、携帯をポケットから出して写真を撮ってたりして、やはりどこか空気が違う。

このところ停滞気味のこのブログになぜかアクセス数が増えていて、どうしたのかと思ったら理由は「ターレ」でした。築地から豊洲新市場へのターレの引っ越しなどのニュースを見て気になって検索する人が増えてるのかしら。

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ニチユ製の「エレトラック:HT10-70F」と関東機械センター製「マイテーカー:BN-1」

「ターレ」というのは市場構内運搬用の小型車両。前輪の上部のエンジンを納めた円筒型のボディが車輪もろとも360度回転して狭い通路でも曲がれるギミックが「ターレーットトラック」と呼ばれる由来。最近はバッテリーモーターで駆動するタイプが主流で以前のガソリンエンジン車は築地では少数派。
このあたりの話、詳しくは 過去記事:「ターレについて知ってる20か30の事柄」 を参照のこと。

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「ターレ」の名前の由来となった旧朝霞製作所製の「ターレットトラック」。築地市場では既に新規の登録ができないガソリンエンジン車で、築地市場で2018年6~9月に確認できていたのは旧式の丸いへッドランプのタイプが1両、角形ライトでオレンジ色のボディの車両が3両ほど。
市場移転先の豊洲新市場では閉鎖型の構内環境のためガソリンエンジン車は使用できないことになっているので、これらは廃棄処分になってしまうのだろうか。波除神社横の駐車場棟からターレのリースとメンテナンスを行っている榊オートの整備工場に抜ける道の傍に破損したターレの部品やガラクタと一緒にガソリンエンジン車のターレが1両、放棄されているのを発見。

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ディテールを撮影しようとするも、荷台にフォークリフト用のパレットの残骸やら古タイヤなどが乱雑に積まれていてどうにもこうにも。おそらくはこのまま廃棄処分なのか、きれいにレストアしてどこかに持って行こうという感じではない。
お願いしたら多分、破格で譲ってもらえそうな気もするけど、貰ったところで家に置き場はないからあれこれ写真を撮ってサヨナラ。

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ぼろぼろになったバッテリーモーター車「エレトラック」もスクラップヤードで発見。築地市場では卸売場の洗浄に海水を使っていたせいか、ターレの寿命はバッテリーの劣化か車体の腐食によるのだとか。この車両も荷台の天板がぼろぼろになって抜け落ちる寸前。荷台下のバッテリーボックスのアクセスハッチが開けられていて内部の構造がよくわかります。バッテリーの変わりに電気釜やら一斗缶やら粗大ゴミが詰まってますが..... ハッチの裏側の補強リブなど普段は見えないディテールがわかるのも貴重。まあ、こんなの見て喜ぶ人は少ないと思いますが。

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# by hn-nh3 | 2018-10-11 11:10 | ターレットトラック | Comments(0)

スイスの車窓から

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ヘルシンキ行きの出張の後、スイスに立ち寄り。南部地域からチューリヒに戻る途中の街道筋。ヴァレン湖からチューリヒ湖方面に抜ける地峡部の平地に転々と奇妙な構造物。

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分厚そうなコンクリートの塊。屋根には草が生えている。おそらくこれはトーチカだと思います。街道沿いに転々と設置されているのが不気味です。GoogleMAPで見るとこんな感じ。

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人家の近くにも。スイスの建物は核シェルターの設置が義務付けられているようなので、最初はその類の施設かと思いましたが、これはどう見てもトーチカ。

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遠くにあるトーチカをコンデジで写した拡大画像なので不鮮明ですが、トーチカの中には落書きされたものも。現在は使われているものではないのかもしれません。

車窓越しの写真なので、ガラスに映り込みがでてしまって不鮮明な写真になってしまいましたが、がっつり迷彩されたトーチカも発見。のどかな田園地帯の風景にこういったものが紛れ込んでいるとちょっとドキッとします。


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# by hn-nh3 | 2018-09-30 13:54 | 構造物 | Comments(0)

秋のヘルシンキ

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なぜかヘルシンキ。出張でフィンランドに来ています。気温は13度。
美しい街は、どこに行っても写真を撮りたくなるような風景ばかり。しかし、このブログの趣旨からすれば当然のごとくパロラ戦車博物館のレポートをするべきなのでしょうが、今回は残念ながら行きません。ヘルシンキから300kmと、仕事の合間にちょっと寄り道する距離ではないことに気がつきました。フィンランドにいながらパロラに行かないなんて、ミリオタ失格ですが仕方ありません。

そんな訳で、ブログ巡回とかコメントとかコメント返しとか暫くおろそかになるので、その旨ご理解を。当然の如くプラモ作りもお休み。空港の保安検査場でポケットに隠したフリウルの履帯が金属探知機に反応して呼び止められるのもいやですしね。

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ヘルシンキ市内の早朝散歩。この季節、朝は遅く日の出は6時54分。まだくらい街にでてどこに向かうのかというと、ここ。

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街の中心部から徒歩で20分ほどの軍事博物館の中庭に停まっているのは、なんと3号突撃砲。

Sturmiと呼ばれるフィンランドの3号突撃砲は、車体側面に丸太を積んで「増加装甲」としたり戦闘室にコンクリートを持ったり、機銃シールドをDT搭載用に改造したりと、フィンランド軍独自の改造を施した仕様がなんとも模型映えします。

Googleマップの空中写真(キャプチャ画像の黄色く丸で囲んだ部分)。ここにいるのは車両番号 PS.530-30 この車両です。

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入口にゲートはないので、早朝でも自由に入れそうなことはストリートビューで確認済み。いざ中庭へ。リアル3号突撃砲はもう目の前。

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あれ? ...2台の黒い車がある辺りに停まっているはずの戦車がいません。


おかしいなと思って中庭をうろうろしたけど発見できず。乗用車に偽装している訳でもなさそうです。

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他にも、中庭にあったはずのT-26軽戦車や火砲類もきれいさっぱりいなくなってました。残念、みんなどこに行ってしまったのかしら。
がっかりです。誰もいない中庭のひんやりとした秋の空気の中で身体だけが冷えていきます。

もう、ここにはSturmiはいないようなのでこれからヘルシンキにいく人は気をつけてね。
何の役にも立たないとは思うけど、報告ついでにヘルシンキの街灯の写真をアップしておきます。

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# by hn-nh3 | 2018-09-20 05:40 | 日々 | Comments(10)

戦争のかたち

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既刊本の紹介。「戦争のかたち」(下道基行 著  2005/7 発行 リトルモア 20.8×14.6×1.6cm 120P )
かれこれ10年以上前になるが、北海道の十勝平野の海岸線に戦時中に作られたトーチカ群が今も残っていることを知った。軍事構造物としてはナチスドイツが大西洋岸に築いたアトランティックウォールの要塞群が有名であるが、旧日本軍が米軍の上陸に備えて北海道の太平洋岸に構築したトーチカはなんとも貧弱で、侘しく取り残された風景が気になってしまった。

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そのころに見つけて買った本です。紹介する画像はすべてこの本から。

2005年というと、Googleの画像検検索、気になる本はAmazonで購入というのが情報との出会い方として一般的になっていただろうか。発信の仕方も大きく変わっていった頃か。カメラではなく、携帯で写真を撮って、HTMLを知らなくても使えるブログにアップしたり。

著者は1978年生まれ、2001年に武蔵野美大油絵科を卒業。卒業後にピザ屋で宅配をしている時に偶然出会った戦争遺跡に衝撃を受けてカメラを買って旅に出た、ということだ。決して軍事研究者だった訳でもなく、写真家だった訳でもなく。

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d0360340_19495288.jpgだから最初に言っておくと、廃墟マニアやミリオタのための写真集とか、歴史遺産の記録資料といったことを期待すると、少し拍子抜けするかもしれない。カメラを生業とした作家の写真集、といった風情でもない。..もっともっと軽い、のである。

だから面白い。戦争を知ってるとか知らないとか、そういう話ではなく、日常に紛れ込んでしまった「日常のかたちではないもの」を拾い集めた記録。

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前回の記事で少し紹介した大阪の東淀川区、西淡路高射砲台はこの本に載っている写真で知った。住居として改造されたこの砲台跡に住んでいた人もその頃は健在で、著者が2004年にインタビューした記事も掲載されている。

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同じく前に記事で紹介した東京の葛飾区 白鳥の高射砲陣地跡逗子の披露山公園の花壇に改造された高射砲陣地も写真が載っている。キャプションは地名のみで詳細な解説がある訳ではないので、ひとつひとつの写真の印象は薄く、昨日ふたたび本を開くまですっかり忘れていたくらい。もちろんそれは写真としての強度云々の話ではなく、通り過ぎる風景のように、気になった時にまた出会えばいいのだ。それだけの話。戦争ネタだからと言って別に懐古趣味的に語る必要もないし反戦的なフリをする必要もないし。

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「戦争のかたち」の歩き方 という見出しで、遺構のある場所の地図も載ってる。トーチカ、砲台、掩体壕などなど、実際に見に行く人は少ないと思うけど、これは便利かもしれない。というかこのフラットなビジュアルが、この本に通底するトーン。

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遺構が転用されて住居や公園施設になっている事例をポップなグラフィックに起こして説明している。物件毎の固有のディテールを捨象してタイポロジカルに表現したビジュアルは、楽しいけど写真に対して必ずしも成功していないように思う。気分はわからない訳ではないけど。


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その黄色いページに載っている「砲台パーク」こと、大分県の丹賀砲台園地の現存する砲台内部。トップライト屋根と螺旋階段を作って見学施設とした空間は圧巻。これはちょっと見に行きたい気もするけど、GoogleMapで調べたら地の果てのような場所

これに限らず、よくもまあこんなところまで行ったな、というのが多いです。自分もいくつかは実際に訪れたことがあるからわかるのですが、写真というのは1方向的なものだから必ずしも風景をリアルに捉えたものではない、という気がするのも事実。しかし、この本、間違いなく「買い」ですね。

本に載っている写真やビジュアルの一部、砲台住戸の住人インタビューなど、著者のホームページで見ることができます。

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(写真は全て「戦争のかたち」下道基行 著 より)

# by hn-nh3 | 2018-09-12 22:04 | 資料 | Comments(4)

新しいiPhone

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久々の更新。仕事の締め切りと出張続きでこのところ全く模型を作る時間なし。自分が何を制作してたのかすっかり忘れてしまいましたよ。 (リハビリできるかちょっぴり不安)
先日の関西地方を襲った台風で、実家もあちこち傷んだとの知らせ。来週あたりに時間を作ってちょこっと見に行く必要ありそう。忙しいのに...

新しいiPhoneの発表もいよいよ来週。今年のはどんなのになるか楽しみですねー。
でもって先週、この後に及んでiPhoneを新調しましたよ。なぜにこの時期に...というタイミングですが。

これまで使ってきた6s、本当はあと一月持ちこたえて新型iPhoneに乗り換える予定だったのですが、最近どうにも挙動不審で突然通話が終了したりと仕事にも差し障りがでる始末。近々海外出張も控えていることもあって、あっという間の型落ちは承知でやむなくiPhone8に変えました。
それならばと、赤いiPhone、(Product) RED にしてみました。裏面の赤いガラスが綺麗です。
カバーつけたら見えなくなっちゃうので意味ないんですけどね。カバーつけるか素で使うか迷うところ。

裏面にガラスを使うアイディアは、 iPhone4に続くものだけど、やっぱりデザイン的には iPhone4の完成度は未だ超えられないんだなと改めて思う。透明感と光沢、傷に強く腐食や変色もなく(割れるという欠点を除けば)ガラスはマテリアルとしては完璧な素材。それをディスプレイ側だけでなく裏面にも使って、側面のアンテナ代わりのステンレスのバンドでパッケージ。iPhone4はミニマルで素敵でしたね。ブラック( iPhone4)とホワイト( iPhone4s)両方持ってました。


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データーの引っ越しはICloudバックアップからの復元。これは本当に便利ですね。メールや使ってたアプリとかはあっという間に元どおりになったけど、写真のアーカイブはデーターが新しいiPhoneに落ちてくるまで少し時間がかかりましたよ。

写真はその途中のスクリーンショット。クラウドの彼方から写真が少しづつ落ちてきて、なんだかテトリスみたい。
横一列がきれいに揃ったら写真がぱっと消滅、それとともに過去の記憶もリセット。妻と娘の顔を見てももう誰だかわからない。なんてゲームみたいなことになったらやだなー。




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最近のついで買い。新宿の紀伊国屋書店の旅行ガイドブックコーナーのレジに並んでいたら、目に入ったクリアファイル。
美術展なんかでもよくいろんな図柄のクリアファイルを売ってて気にはなるのだけど、買ったところで結局使わないよなーとだいたい棚に戻すのですが、これはやっぱり気になって購入。

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地図って今でも好きですが、子供の頃、自分だけの街を想像して地図を作ってましたね。白い紙に道の線を引いて地図記号を配置して。時間があれば飽きもせずえんえんと作ってました。その後もずっと書き続けてたらその街はどうなったんだろうと今でも少し思い出します。だから、GoogleMapが出てきたときはあっと思いましたね、世界がシームレスに一枚に繋がってるし。
もうGoogleMapがない世界は考えられない。というか地図がなければ世界は存在しないのだし。



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そんなこんなで手持ちのブログネタも宙ぶらりん。高射砲陣地跡シリーズでは、有名な現存遺構:大阪は東淀川の西淡路高射砲陣地を出張ついでに見てきました。高射砲陣地で一般的な半埋込み型ではなく、市街地用の高架タイプのコンクリート製台座で、戦後そこに人が住みついて奇妙な住宅になっているという代物。

新大阪から遠くない場所であることがわかって、6月の出張の時に写真を撮影。例によって配置図とか作っていたらディテールが気になって先月末の出張のときにまたまた追加調査。上の写真はその時のもの。砲台住居は計画道路の敷地内にあるため現在はフェンスで囲まれていて立入禁止区域。

調べてみると、大阪市の教育委員会が調査した報告書があることがわかって、ついでに大阪市の図書館にいったらありましたよ。『西淡路<国次>高射砲陣地調査報告書(大阪市文化財総合調査報告書65)』

なんとそこには詳細な実測図も。うーん、どっからどう紹介したらいいものやら。

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# by hn-nh3 | 2018-09-08 19:13 | 日々 | Comments(6)
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1945年7月のベルリン。木製カートに乗った少年の画像は「Berlin and Potsdam 1945 - aftermath (HD 1080p color footage):Youtube から。

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終戦直後のベルリンを映したカラーフィルムですが、前に記事(難民カート)を書いた時に紹介したものよりも長いバージョン(30分)がYoutubeにありました。
廃墟となったベルリンの街。進駐するソ連軍や米軍、瓦礫を整理する市民。各地から引き上げてきた人々、交通整理にあたるドイツの警官。などなど見所は多く見ていて飽きないフィルムです。

戦後2ヶ月経った映像なので戦車など放棄車両の類はさすがに片付けられてしまっているようで、その方面を期待すると肩透かしをくらいます。

それでも映像の中にはこんな車両も。これは何?


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しかし、がっかりすることなかれ、今回の本題は映像に登場する荷車の類。前に書いた記事の続編です。 戦車ネタでなくてすみません(笑)

d0360340_05344197.jpgMiniArtの「ラゲージセット 1930~40年代」(no.35582) はボックスアートに描かれた廃墟の風景から、これは平和な時代の旅行道具ではなく、戦争中に避難する市民や住む場所を追われて難民となった人びとの荷物であることを暗示していると、前に記事(難民カート)に書いこともありましたが、そのキットが先日発売されたので早速に組立てレビュー。





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部品分割は細かすぎずアバウト過ぎず、といったところか。ベビーカーの車輪を支えるアームが装飾を兼ねたサスペンションになっている構造もしっかり再現されてます。エッチングにたよらず全てプラスチックで出来るのもいいですね。最近のミニアートらしく成形はきれい、一時期見られたプラスチックがポキポキ折れる現象も解消されてますね。思うにあれはプラ質の問題以上に射出成形時の温度管理が悪かったんじゃないかしら。

パーツの勘合もよく組立てもサクサク進んで、あとは車輪をつけて完成、ということろで問題発覚。車輪を車軸に取り付けるための穴が空いてないのです。組立説明図にはダボ穴らしきものが表現されていて、車軸には小さいながらも先端にダボがつくられているのに車輪側はのっぺらぼう。金型製作時のモデリングデーターに穴の入力を忘れたのかしら。セカンドロットでは改善されるといいですね。

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d0360340_08003590.jpg車輪に0.5mmの取り付け穴を開けて接着。サスペンションのアームつく車軸はカート本体から浮いた構造になっているので、実物はそれで衝撃を吸収できるようになっているのですが、模型としては華奢なので見えないところで補強したほうがよさそう。
ベルリンの映像に映るベビーカーは4台(1台は遠景だったので割愛)ですが、どれも車輪がスポークタイプ。キットはプレスタイプとなっているのが違うところですが、シルエットは同じで当時の標準的なタイプなのでしょうか。当時の写真でベビーカーの写真をいくつか確認してますが、ほとんどスポークタイプでした。まあそれをエッチングで再現するのは大変なので、プレスタイプでいいとは思います。

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カートの組み立て。これは少し前に発売された「小型カートとミルク缶」(no.35580)に入ってたものと同じ。裏面にはちゃんとシャーシが再現されてますね。小さな脇役アクセサリーながらもしっかりとリサーチして再現してあるのは嬉しいですね。こんなの自分でディテール調べて工作するの大変ですから。
前輪のステアリングの機構、引手が上下動するディテールもしっかり表現してあります。真鍮線で軸打ちすればそれぞれ可動するようにもできそう。こんなもの可動させて楽しいかという話はありますが。



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フィルムに登場するカートをいくつか。前輪と後輪の直径の違いのバランスなどいくつかのバリエーションがある様子。スポークは10本が一般的なのか。キットの車輪も10本スポークですね。
ちなみに前に記事(荷車メモ)で取り上げたMasterboxのフィギュアセットに付属のカートの車輪は8本スポーク。

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比較してみます。左がMasterboxのもの。右がMiniArtのカート。スポーク本数の違いの他にもサイズがずいぶん違います。まあこれはどちらが正しいという訳ではなく、タイプの違いと考えるべきものかと思います。8本スポークのカートも当時の写真で確認できます。ディテールは新しいMiniArtのキットのほうが繊細。

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小形カートとベビーカーの2ショット。とりあえず組立ては完成。軽くサフ吹いて記念撮影。

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そしてラゲージセット・オールスターズ。カートのほかにはトランク類とジャガイモ袋、などなど。エッチングパーツは無し、トランクに貼るステッカーがデカールで用意されてます。

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トランクも大きいのから小さいのまで。メーカーなど調べればモデルとなったタイプも分かるのでしょうが、そこまでは調べてません。ごめんなさい。
ルイヴィトンのモノグラム柄とか塗装でがんばって再現できたら楽しそう。このサイズでそれは無理だと思いますが。
寸胴のドクターバッグは側面が別パーツのはめ込み式になっていた少し潰れた感じがうまく再現されてますね。お医者さんが往診の時に診療道具を詰め込むのに便利な形なのでこのタイプはドクターバッグと呼ぶようですね。レッドクロスをつけた車両に積むなどちょっとしたアクセントになりそうなアイテム。
円筒形のバックが帽子ケースかしら。それぞれディテールもしっかり表現されてますが、取手の付け根など少し手をいれてやるとぐっとよくなりそう。


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ベルリンのフィルムにはこの他にもいろいろなタイプのカート、荷車類が登場。民間人の服装や荷物類がカラーで分かるのがいいですね。モデリングの参考になります。この他にもMiniArtのフィギュアのモデルになっていると思しき人物など登場して、その話もしたかったのですが、長くなるのでこれはまた別の機会に。

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前に書いた関連記事INDEX:
・難民カート
・荷車メモ

# by hn-nh3 | 2018-08-22 09:11 | 資料 | Comments(17)

ふたたび船岡山

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8月16日早朝。毎年の盆の京都、今年もまた船岡山に登る。目的は山頂にあるサイレン塔の「追加調査」。昨年の夏に書いた記事(船岡山に登る)の続編。

船岡山の山頂にある謎の構造物は、戦前に作られたサイレン塔というもので、戦時中は空襲警報を鳴らし戦後しばらくは時報を流していた、ということらしい。しかしそれ以上の情報はネットでは得られず、その詳細は不明。

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全景はこんな感じ。高さ6m程度の小さな構造物。船岡山はかつての平安京の中心軸北方に位置する標高差45m程度の小山で平安京の造営基準になったと言われていて、中世の応仁の乱の時には西軍の陣地が築かれたこともあるような周囲から独立した山。周囲からの視認性もよいので、サイレン塔の手前には地図測量用の三角点が据えられている。

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サイレン塔の構造はコンクリート。外壁表面には化粧モルタルが塗られ、現在はペンキ塗り。側面には横長の66cm幅の小窓。木枠が残っているものので、当初は何らかの窓部材があった可能性あり。

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建物裏側には地面に近いところに小さな小窓。何のための開口なのだろう。窓の横には配線を通すための鉄管が残存。


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巻尺とレーザー距離計で簡易計測して図面化してみました。外面寸法で1.7m弱の矩形に内寸50cmの半円形の煙突状の塔が付属する平面構成。

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塔は中空。中から見上げると上に抜けているのがわかる。塔というよりも煙突というべきか。上に抜けているだけなのでサイレンの音を遠くに飛ばす構造には思えず、何のためにこうした形状になっているのかが分からない。まさか煙を焚いて狼煙(のろし)をあげていた訳ではないだろうに。

「煙突」の内側頂部をよく見ると何かの金具が残っているのが確認でき、おそらくは頂部に4方に向けたスピーカーなどが取り付けられていて警報などを発していたのか。この塔は煙突の機能というよりスピーカーを高所に設置するための「台座」として便宜的に形作られたものと想像します。むろん全て憶測の域をでるものではないのですが。


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塔を裏側から見たところ。裏面はフラット。水平に回された2段の庇は正面からの見え方だけのために設置、というデザインの割り切りがすごい。裏側をよく見ると所々に金具の痕跡が見られ、おそらくは梯子がついていたものと推測。庇が裏側にないのはそのため、ということもできる。

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断面図、立面図も作成。塔の高さは2段目の庇までをレーザー距離計で測って頂部までの距離は写真からの推測。平面寸法は作業に必要なスペースなどの機能寸法から導かれたものと思われるが、塔の高さは何を基準に設定されたんでしょうね。2段目の庇の上端までの高さは約4m85cm。尺貫法でいうと、一丈六尺。釈迦の身長といわれる丈六仏の高さと符号しますが、塔の頂部までの高さではないから、特に関連はなさそうです。

塔の曲線を生かした水平の庇を上部に回すデザインは戦前の1930年代に流行したモダン建築に見られるもの。昭和12年(1937)に完成した関西電力京都支店のビルも同様のデザイン。

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内部の壁はコンクリートの素地。西面に奥行30cm程の錆びた鉄箱。上面にはスリット、下部は底がないのか腐食して抜けてしまったのか。箱内部は上下に合計8本の機器(or配線)固定用のペグ。北側の外壁から飛び込む配線用配管が下部に、上部には西側外壁上部に抜ける配管が残存。

今回のサイレン塔調査はここまで。30分ほどの簡易計測なので、図面精度もそのぐらいのものですが、例によってDropBoxリンクでPDF図面をダウンロードできるようにしておきます。


文献資料に関してはやはりネットでは限界あるので、どこかで京都市の図書館にでも行って手がかりを探してみたいところ。

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船岡山は現在、東の山麓に建勲神社、西側は船岡山公園。写真は公園の入口付近にあった案内版を撮ったものなのでガラスの映り込みがあって見づらいところもあるものの、サイレン塔などの位置関係はだいたいこれでわかると思う。
写真で見切れてしまってる部分には昭和10年の開園当初からの広場に「ラジオ塔」が残っています。

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d0360340_09533276.jpg高さ2.5mほど、花崗岩が貼られた四角い塔の上部には四方に四角い開口があり、内部にスピーカーがあるのが網越しに確認できます。胴部にはラジオ塔の由来を書いた銘版があり、それによると昭和10年(1935年)の開園にともなって建設されたものだとか。ニュースやラジオ体操を流していた様子。

現在はラジオ塔は使われていないものの、公園の広場ではラジカセ持参で近所の人たちがラジオ体操してました。


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d0360340_10372286.jpg船岡山の南側の山麓は急峻で斜面にはあちこちにチャート石の露頭が姿を見せていて、山全体が大きな岩盤でできているように思われます。西賀茂断層の一部なのでしょうか。

山の頂にも古代の磐座と思しきチャート石の露頭。隣にある丸い花壇のようなものは正体不明。


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案内図に記載のあった旧猿舎を探すものの特に目立つ痕跡はなし。周囲に低い土留めを築いた丸い土壇が猿の檻があったところなのだろうか。ただの空地。兵どもが夢の跡ではなく猿が夢の跡。

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d0360340_11231391.jpg例によって年代別の空中写真の比較。写真は国土地理院の空中写真閲覧サービスのページから。空中写真は上が北。
上掲の案内板の地図は南が上に描かれているので位置関係が左右逆に見えるのは要注意

2008年(平成20年)、1975(昭和50年)、1946年(昭和21年)の写真で共通に確認できるのは明治期に設置された測量用三角点。サイレン塔もあるはずなのだが解像度の限界で判別はできず。現在、東西2箇所の広場にある円形の花壇のようなものは、1975年の写真では確認できないことから比較的新しい時代のものか。猿舎は2008年、1975年の写真で確認できるように思われるものの像がぼやけていて定かではない。


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猿舎の跡地からの南側の眺め。猿の見た京都もたぶんこんな風景。

# by hn-nh3 | 2018-08-18 11:46 | 構造物 | Comments(0)
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このところ模型作る暇なし。製作中のもろもろも絶賛放置中。
だから新しいプラモの購入も控えてたのですが、こいつだけは買ってしまいましたよ。最近発売のMiniartのケーブルドラムセット(no.35583)。
自分では勝手に難民セットと呼んでるMiniartのラゲージセット(no.35582)も一緒に買ったのですが、これはまた改めて紹介するつもり。



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今回はケーブルドラムの話。こんなキット、誰が買うんだろうと思わないでもないですが、買いましたよ、買ってしまいましたよ私。前に記事でネタにした手前、多分に責任払いで買った感は否めないのですが.....
で中身はこんな感じ。組み立て説明書とデカール。そして大小のケーブルドラムのパーツ半分が収められた小さなランナーが6枚だけ。とてもシンプルな構成で、これだけかよーというくらいの潔さ。
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ランナーはこんな感じ。裏と表のディテール。ケーブルドラムは左右対象だから2枚一組で形が出来上がります。大きなドラムが3つ、小さなドラムが3つ。木目も表現も雰囲気は悪くないです。
構成はシンプル。左右のディスクと中央のドラム部分。ドラムは4つのパーツをあわせて樽型をつくるのですが、小口のところに有るか無きかのごとく小さなポッチがあって、これが左右のディスクと合わせる時の組み立てのガイドになる仕組み。しかし整形時にできたバリと間違えて思わず削り取ってしまいそうな小ささなので要注意。はい、私も一つ削ったところで気がつきました。

ディスクの部分をちょっと注意してみてください。ディスクの裏と表(写真のランナーの上と下)は板の方向が90度ずれてるんですね。ディスクの裏と表で木目方向が90度回転しています。これはMiniArtが金型の制作を間違えた、ではなく、裏と表で方向を変えた板を貼り合わせて一枚のディスクを作った構造を再現しているようです。合板などで繊維方向を90度違えた薄板を貼り合わせて強度を出しているように、ケーブルドラムのディスクも板を貼り合わせて作っているようです。

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ディスクの小口にはラインが走って、板の貼り合わせでできていることがわかります。こういうのは作ってみて初めて気がつくことですね。貼り合わせ部分のモールドですが、さすがにこんなものにスライド金型を使う訳にもいかなかったのか、裏と表でサイズを微妙に変えて段差で表現しています。パーティングラインだと思って削り取ってしまわないように注意するところ。
小口にはちょこっとだけ筋彫りして板の合わせ目を追加工作。加工が雑なのは息抜きモデリングなので勘弁してください。30分で作りました。

そして完成。ごろんとしたこの物体。いいですねー。なんとも言えない抽象感漂ってます。以外と好きかも。ティーガーよりもこういうのに血が騒いでしまうのは何故でしょうか。

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大きさを比べるために作りかけのHetzerと並べてみました。はい、これを見て意味がわかったらポーランド人から握手を求められます。たぶん。

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このシーンの再現です。1944年のワルシャワ蜂起の時にポーランド国内軍が鹵獲したHetzer、 Chwat号とケーブルドラムでできたバリケード。前に記事:8月のワルシャワ8月のワルシャワ(vol.2)でも書いているので、そちらも参照。

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Hetzerのキットはプラハ蜂起軍用に作っていたものに、今回急遽出演してもらいました。だから砲身もついていなくてとりあえずのサイズ比較用。履帯がない分だけ若干高さが低めになってしまっていますが、ドラムとの高さはだいたい同じで、このシーンを再現しようと思えば、このケーブルドラムのキットは流用できそう。小型のケーブルドラムはこのシーンには登場しないのですが、今回はキットレビューでもあるので友情出演。

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ディテールの検証。左右のディスクは6本のボルトが中央のディスクをはさみ込む構造となっています。バリケードでつかわれているもの(図の左の写真)は、、MIniArtのキットのもの(図の右)のボルト位置よりも円の中心に近い。ドラムの内側にボルトが配置されるので、ドラムの構造と関係があるのであれば位置の違いがドラムの直径の違い、というようにも読み取れるのだが、ドラム径の違いがあるのかは他のアングルの写真でも確認はできず。

このケーブルドラムにプリントされている文字が「KABELWERK OZAROW」というワルシャワ南郊の街にあるケーブル工場であることは前回の記事で判明。そして今回は文字の再現。
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KABELWERK OZAROW.pdf (クリックでダウンロードできます)

Miniartのキットのデカールには「KABELWERK 」はあったのですが、せっかくならやってみよう、ということで「KABELWERK OZAROW」という文字をイラストレーターで1/35サイズで制作。


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似たようなフォントをパスにそって配置するだけで簡単に作れるような気がして作業を始めたものの、Oの文字が円に近かったり、EやWなど癖のある形をしていて類似フォントが見つからず、結局、EはCを加工。AはUを逆さにして、WはUを並べて制作。AやWなどはもう少し微妙な曲線でできているような気もするのですが、それを始めるとエンドレスになるので、とりあえずは当たらずとも遠からず程度で妥協。

ステンシルの繋ぎの脚も写真を見ながらなんとなくの再現。型板が浮かないようにするためか、よくあるステンシル文字よりも脚が多めですね。上の図面はPDFの1/35スケール原寸ファイルでDropBoxよりダウンロードできるようにしておくので、興味のある人はエッチングで型板つくるなりしてみてください(笑)

ちなみにバリケードで使われている3つのケーブルドラムですが、左側のものはMiniartのキットと同じディスク中央部の座金が角形タイプ。しかし、右の二つは丸い座金。このシーンを本気で再現するときは忘れてはいけない大事な改造ポイント。

# by hn-nh3 | 2018-08-11 17:18 | 構造物 | Comments(10)