断片的思考のメモ


by hn-nh ( or hn )

カテゴリ:資料( 24 )

日常とバリケード

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ゼンゼンゼン回の記事に取り上げた映画"Miasto44""のメイキング映像を見つけた。バリケードのシーンなどは実際の街の中でオープンセットを組んで撮影していたようだ。ポーランド西部、ブラツワフ ブロツワフ( Wrocław)という街のこの辺り


バリケードって何だかワクワクします。瓦礫やらガラクタで道が封鎖されると風景は一変。見慣れた「街」が見知らぬ「都市」に変貌する、というような。
もっとも、ヨーロッパみたいな街区型の街じゃないとそれは無理なんでしょうけど。


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映画でのワルシャワ蜂起の再現度合いは凄まじいものですが、兵器や装備の類も綿密な考証を元に再現されているようです。
↓こんなサイト。映画に登場する銃器をリスト化しています。





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このところ、vol de nuitさんのサイトでワルシャワ蜂起で国内軍(AK)が使用した車両を追跡した記事 ”Archive: Vehicles in Warsaw, 1944” やそれに関連してかば◎さん関連記事をアップするなど、なにやらワルシャワ方面が気になる状況。

voi de nuit さんの車両追跡で、Opel Kapitänの写真がなかなか見つからないのですが、こんな映像を発見。
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シトロエンtype23の後ろにいるセダンはオペル・カピテーンですね。
と、言ってもこれは当時の記録写真ではなく、上記の映画"Miasto44''の1シーン。

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https://www.imcdb.org/movie.php?id=3765326

IMCDBは映画やテレビ番組など映像に登場する車両のデータベースとしてソフトスキン類の写真を探すときに便利なサイトですが、"Miasto44”もカテゴリーページが作られてました。ページはまだまだ整備途上というところですが、しかし、この映画。登場する戦車や装甲車ならともかく、チラっとしか映らないこんな乗用車でも当時実際に使われていた車種にもこだわるなど、つくづくマニアックな映画だったと、あらためて感心。

by hn-nh3 | 2019-02-09 14:12 | 資料 | Comments(7)

Miasto 1944

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Courier crossing (1944.8) 撮影:Jerzy tomaszewski

ケーブルドラムから話は転がってワルシャワ。これまでに記事に書いたのものを並べると
などなど。

よくもここまで引っ張ったと我ながら思わないでもないけど、まだ続きます...

映画:Warsaw 44(原題 Miasto 44)のシーン。貼り付けた動画は映画の一部ですが、原題の Miasto 44 で検索すると全編もYouTube でみることできます。

1944年8月のワルシャワ蜂起をポーランド側から描いた映画で2014年の作品。こんなのあったの知りませんでした。日本では劇場公開はされなかったようで、DVDが発売されてます。邦題は「リベリオン ワルシャワ大攻防戦」......と、なんともB級タイトルがついてます。戦争映画にありがち。

YouTubeの日本語字幕のないものをざっと眺めた限りは、あちこちで感想が書かれているように、映画としての出来はちょっと微妙。
と言っても、ストーリー展開がB級という訳ではなく、絶望的な状況に追い込まれていくハードな映像の中に唐突にスローモーションで挿入されるラブシーンといったよくわからない演出があったり、ここまで描かなくてもいいのにという展開についていくのがちょっとしんどかったりで、ポーランド人でない限りは正直なところ全編を観るのはおすすめしません。YouTubeのリンクを貼った短いシーンで雰囲気だけつかむ程度で十分かと。

ワルシャワ蜂起を扱った映画では過去にアンジェイ・ワイダが「地下水道(原題:Kanal)」なんて傑作を残してたりするから、それ以上の作品を作ろうと力が入ってしまったのは、作り手視点からすればわからないでもないけど。

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それはそれとして、映画のワルシャワの市街戦の考証は極めて緻密。前にも紹介した当時の記録写真を再現したと思われるシーンが随所にあったり、登場する車両や武器は本物?もしくはかなりの精度で再現したレプリカ。写真はそんな1シーンですが、市民を盾に鬼畜な攻撃を仕掛けるドイツ軍のパンター戦車。別なシーンで確認すると足回りはどうもT-55を流用してるものの、車体はかなりの再現度。OVMがちゃんと装備されてたり、キューポラに対空機銃架がついてたりと、ミリオタの厳しい視線に十分耐えられる仕上がり。よく見ると、パンターの後ろにヘッツァーもいますね。

その他にも、2cm対空機関砲FLAK38が、プライベートライアンの時と同じく対地攻撃で絶大な威力を発揮したり、ゴリアテ無線操縦爆薬運搬車との対決など戦争映画史ではお約束なシーンも。有人操縦の爆薬運搬車ボルグヴァルト B Ⅳも登場して、市民に鹵獲された車両が爆発してしまうといった悲惨な事故も史実どおりに再現されていたり。。
AK(ポーランド国内軍)の兵装も自国制作の映画ならではの再現度。MP40など鹵獲したドイツ軍の銃器に加えて、英軍から届けられていたステンガンやPIAT、ステンガンとMP40を参考にして地下生産されたブリスカヴィカなどなど。

バリケードでは、これはポーランド人の間ではお約束なんでしょうか。ケーブルドラムがあちこちで使われてます。
当時のバリケードの写真では、そこまでは登場頻度は高くないものの、やっぱりChwat号の有名なバリケード写真の印象が強いのか、映画ではこれでもかとケーブルドラムが街のあちこちに転がってますね。

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ほらほら。こんな感じでMiniArtのキットの正しい使い方みたいに登場します。
注目すべきは、ケーブルドラムにステンシル文字で描かれているロゴ。文字は「KABELWERK OZAROW」!
ワルシャワ南郊のオジャルフにあった電気ケーブル製造会社の名前です。Chwat号バリケード写真に写ってるドラムにも同じ文字がペイントされてます。この映画知ってたら、苦労して解読する手間はなかったですよ。

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記録写真のロゴと映画で再現されたものは微妙に書体が違ったり、文字下に白帯がペイントされてたりしますが。こういうタイプが当時もあったのかソースを知りたいところ。(誰も気にしてない?)
実は、Chwat号バリケード写真のケーブルドラムの横に転がってるゴミバケツがどんなものなのか追跡してたら、この映画に行き合ったった、というのが今回の記事の事の次第。映画にもゴミバケツがでてきますね。ブリキ製で一般的なものだったりしたのかしら。

MiniArtから1/35 ゴミバケツ(ポーランド型)なんてキットがでないかしらと、密かに待ち望んではいるのですが。





by hn-nh3 | 2019-01-26 09:43 | 資料 | Comments(10)

ドライデカール制作

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デカール到着。
実験をかねて、ケーブルドラムのデカールを自作してみた。1944年8月のワルシャワ蜂起の際にAK(ポーランド国内軍)が築いたバリケードで使用されたケーブルドラムのロゴを再現。

記録写真を見ながら、イラストレーターで文字を作成、アウトライン化したデーターをドライデカール(インレタ)の制作サービスしてるところで作ってもらった。
データーを送ると、中1日で制作、納品してくれる、というサービス。料金表も載ってるので、70×110のサイズなら送料合わせて3000円くらいで出来るなら、と頼んでみたら、出力用の版(ネガフィルム)が必要とのこと。料金表にも載ってるのを見落としてました。それが1900円。。
結局、送料と代引手数料、フィルム代を含めて、合計税込5400円。

うう。もちろん、払えない金額ではないけど、戦車のプラモが買えてしまうよ。。
ケーブルドラムのロゴごときに、なんたる放蕩。

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入稿した版下と出来上がったドライデカールの比較。デカールのフィルムに光が反射して写真では色が薄くなって見えますが、実際は黒一色。デカールの下に保護台紙があるので、その黄色が写ってますが、デカールを配置したフィルムは透明。

どのくらいの解像度で再現できるのか知りたくて、ケーブルドラムのロゴの余白に、製作中のコードロン シムーンの機体マーキングのデーターを配置してみました。「F-A」「NRY」「No7042」「SIMOUN」「C.630」「Avions Caudron」という文字などなど。小さな文字が潰れずに再現できるか、文字のエッジが印刷で太ったりしてニュアンスが変わったりしないか、そのあたりを確かめるために今回テスト。

きれいに抜けてますね。文字も太ったりしてなくて、版下の印象そのままに出来上がってます。
再現度は申し分ないです。あとは値段か。もうちょっと安いと、気軽にオリジナルデカールも作れるのですが、フィルム代が結構ネック。同じものを再制作するなら、フィルム持ち込みでいけるのでその分のコストを抑えられるのでお得になりますが、ケーブルドラムのロゴなんてそうそう必要になるものではないし。。。。(^^:)

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デカールのディテール。文字高さ1mmくらいの小さな文字もきれいに再現できてますね。テストのため、ちょっとづつ大きさを変えてデーターを作ってます。一番右が目標サイズ、中央がその110%、左は120%サイズ。
これがきれいに貼れるかの検証も必要ですね。ドライデカールは水転写デカールと違って、文字など図版の裏の糊だけで張り付くので、水転写デカールのような余白ができないのは魅力だけど、転写後の強度がどこまで確保できるかが課題。

ちなみに上の写真で使ってる定規は前にこのブログ記事でも紹介した「本当の定規」。

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制作したデカールを貼る準備もしないとね、と。ケーブルドラムの塗装も開始。とりあえず、ベース色まで塗ってみた段階。
木製ドラムをどんな色調で仕上げるか、ちょっと思案中。新品のドラムなら白木の色だし、使い古したものなら雨ざらしの灰色になった木の色になるし。とりあえずどちらにも転べるようなアースカラーで地色で塗装。

さて、どうしようというところで、資料を引っ張り出す。右が今回制作するドラムの参照画像。ワルシャワ蜂起のバリケードで使われているドラム。右側2つは昨年に南ドイツで筆者が撮影したドラムの写真。実際のドラム使用の程度で色調にもかなり幅があります。新品のドラムにするのか使い古されたドラムにするのか、そのミックスなのか。さて、どうする?

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by hn-nh3 | 2019-01-20 05:03 | 資料 | Comments(8)

雨のノルマンディ

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ノルマンディに展開した第654重駆逐戦車大隊。ヤークトパンターの搭乗員が傘を差す有名な写真。

本当はロレーヌシュレッッパー自走砲の乗員が雨の中で傘を差しているシーンを作りたかった。塩ビ板をヒートプレスしたら開いた傘ができるかな、とあれこれと構想は練っていたものの結局、時間がなくなってしまい断念。ジオラマのタイトルは「雨のノルマンディ」と決めてたのに。

戦場で傘を差している写真は意外なほど少ない。確かに傘なんか差してたら片手がふさがってしまって武器の操作に支障をきたすから、雨を凌ぐにはレインコートを着るのが正解なんでしょう。

ヨーロッパで傘を差すのは英国人だけ、という話もあるくらいヨーロッパは傘を差す習慣がないみたい。
調べてみると、傘はあちらでは雨傘ではなく日傘として発展して、それをイギリス人が雨の日にも使うようになった..という歴史があったり、フランスの子供は危険防止のため傘を持たされないこともあり、傘を差す習慣が身につかない、という記事もあった。コートで間に合う雨では傘は使わないのがあちらの流儀なのか。そういえばヘルシンキに行った時、季節は秋で何度か雨にh降られたけど、みんなレインパーカー着て傘もささずに歩いてたのを思い出します。

そんなこともあってか、模型に傘を使いたいと思って探してみたものの、傘が付属するキットの少ないこと。MiniArtのフィギュアやジオラマアクセサリーでは帽子やステッキ、カバンの類はいろいろなキットにアクセサリーとしてパーツ化されているけど傘となると....
ブロンコから「民間用スーツケースと傘のセット」というそのものズバリのキットも出てますが、閉じた状態の傘はちょっと造形が硬いんですよね。他にもいいのがないか探していたら、MasterBoxの「ヨーロッパ 女性用自転車+婦人」セット(MB35166)に女性用の傘が入っているのを発見。

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早速、調達しました。畳んだ傘の襞の柔らかい雰囲気があって、ディテールは悪くないです。傘の先の部分が金型の抜きの関係でモールドが甘くなっているのを少し削り込んで調整すればそれで十分。このくらいエポキシパテこねて作れるでしょとか、製品使うなら露先の突起を伸ばしランナー植えて再現しなよ、とか模型の神様がささやく声が聞こえてきますが、それはまた今度ね。

夏の初めに雨のシーンを再現しようと思い始めた頃、ノルマンディ地方に実際、雨は降ったのか?と気になって、1944年6月6日のD-Dayの前後の天候を調べてみました。


ありましたよ、天気図が。低気圧の前線が6月4日から5日にかけてノルマンディ地方を通過しています。それで海は大荒れ、当初は6月5日を予定していた上陸作戦も延期。ドイツ軍も油断していたようです。上陸作戦は6月6日の早朝に始まります。

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ジオラマ製作は断念したものの、車両のウェザリングとあわせてちょっとした演出をしてみます。連合軍のノルマンディ上陸の前日、6月5日の様子を小道具で追加製作。写真の右2つはトラベリングクランプの操作桿(破損紛失してしまった部品の再生)、車内にセットされている射標(射角補正表)はプラ板でベースを作った上にPassionModelsの自走砲デカールセットを使用。
そして写真左の小物。雨の日に借りた傘、塗装は油彩で。そして前回の記事で紹介した読みかけの小説、サンテジュグペリの「夜間飛行」

乗員はドイツ兵なのに何故、フランス語で書かれた本を読んでいたのだろう。
雨を心配して傘を持って来てくれた地元の女性との出会いが「彼」にフランス語の本を読ませたとも考えられるし。「彼」はアルザス地方の出身でドイツ軍に招集されたドイツ系フランス人だったから。という想像もできる。全てフィクションではあるけど。

7月31日にサンテジュグペリが飛行中に行方不明になることは、本を読んでいたその時には想像もしなかっただろうし、8月12日に彼のいる部隊もファーレーズで包囲されてしまって、そのニュースを聞くこともなかったのかもしれない。...それも想像の領域。

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by hn-nh3 | 2018-12-10 21:22 | 資料 | Comments(5)

NIGHT FLIGHT

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「夜間飛行」1931

香水の名前のことではなく、ましてやPerfumeの曲の名前のことではなく、今日は本の話。
原題”VOL DE NUIT” 1931年に出版されたサン=テグジュペリの小説。


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サン=テグジュペリは日本では「星の王子様」(1943 )の作者として有名。飛行機のパイロットとしての経験が小説に色濃く反映されています。1935年にはサハラ砂漠に激落して生存が絶望視されたことも。
そんな体験が、星の王子さまの世界にも繋がっているとか。
そして、1944年7月31日。コルシカ島から偵察飛行に飛び立ったまま行方不明。

(ドイツ軍機による撃墜:彼の名前はドイツでも知られていて、彼の乗機だと分かっていれば...ということだったようです。)

というぐらいのことは知っていたものの、1944年にコルシカ島から出撃... ? ? と、サン=テグジュペリはどこの軍に所属していたのか、ふと気になって調べてみたら、自由フランス軍だったんですね。
1940年にフランスがドイツに降伏した後、彼はニューヨークに亡命。1943年に亡命フランス人で組織された自由フランス空軍の北アフリカ戦線に志願。1944年7月に行方不明になった彼の乗機がどうなったのかは長らくわからなかったものの、1998年にマルセイユ沖に沈んでいるのが発見されたんだそうな。

プラモブログなのに、なんでこんな話をしてるのかというと、制作していたロレーヌシュレッパー自走砲の中に「忘れ物」として置くのに何かないかしらと考えていて、銃器の類では乗員の顔が見えてこないし、フランスパンやワインといったものを戦車内に持ち込むの何か違うでしょ..で、ふと思いついたのが読みかけの小説。

それで、同時代の本として思い出したのがサン=テグジュペリの「夜間飛行」

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この本を1/35の模型世界で再現してみます。1931年のガリマール版は 実寸で12cm×19.5cm。本の表紙と裏表紙、中のページの写真をネットで探して、フォトショップで画像の歪みを補正、イラストレーターで1/35縮尺に縮小レイアウト。コンビニのカラーレーザープリンターで出力して切り抜いて組み立てました。

模型用の画像データーにプラモのランナーがついてるのは余興です。

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小さい.. 豆本というジャンルがあるけど、これはとても読めるサイズでは無いですね。
プリンターの出力解像度も限界なのかドットが荒く見えます。コンビニの機械じゃなくて、もっと高性能、高解像度のプリンターを使わないとこのサイズだとディテールが甘くなってしまう。

今回の1/35の夜間飛行の「初版」はとりあえずこのくらいで勘弁してもらって、いつか増版することがあれば、その時はちゃんとした出力センターに行こうかしら。データー欲しい人がいたらあげます。

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あ。もちろん、Perfumeの NIGHT FLIGHT だって好きですよ(笑)

by hn-nh3 | 2018-12-08 18:33 | 資料 | Comments(8)

フリウルを黒染めした日

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製作中のロレーヌシュレッパー15cm自走砲の履帯にフリウルのホワイトメタル製連結履帯。
履帯のガイドホーンの間隔と上部転輪の幅がぴったりすぎてなかなか通らなくて試し履きをするにも一苦労。結局、上部転輪の裏側をヤスリで削ったりして... 苦労して嵌めたところで力尽きて、撮影した写真を後から見たら転輪が一つ外れてしまってました。やれやれ。

連結式のメタル履帯は強度もあるし、垂れ下がり方も自然でいいのですが、塗装はネックですよね。
可動部の塗装が難しかったり塗っても剥がれやすかったりと、やっぱり金属自体を発色させる黒染めが仕上がり的にはリアル。今回は、AKの黒染め液(メタルバーニッシュフィールド)を使ってフリウル履帯の黒染めで仕上げてみます。

実は私、初めてなんです… 黒染め。
したことないからなんとなく気後れして数年前に買った黒染め液を今日の今日まで後生大事に保管してましたよ。

でも.. 今日は覚悟を決めて、ついに黒染め初体験!

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先ずは染色液に漬け込む前の下処理。
繋いだ履帯のクリーニングには酢に台所用洗剤を少し混ぜた溶液を使用。電動歯ブラシでホワイトメタル表面の離型剤などを落としていきます。そして一晩漬け込んでメタル表面の酸化皮膜を溶かします。これが残っていると染まりが悪いようです。洗剤は数滴でよい、とのこと

酢は使い捨てになるので安価なものを、とスーパーに行ってみたけど…難しいですね。イージーなお酢は成分を見ると出汁とか果汁とか添加物がいろいろ。フリウルに昆布出汁がどう影響するかは未知数です。結局家にあった純米酢を使いましたよ。
洗浄作業は酢酸液に洗剤の爽やかな香りも混じってフリウルでピクルスでも作ってる気分。

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漬け込んで一晩たったら、酢酸と洗剤の混合液から引き上げ、水洗いして乾燥。履帯のホワイトメタルは艶が消えて鈍い灰色に。光沢が残っているところは離型剤や接着剤で表面が覆われている可能性があるので、そこは染まらないからもう一度酢酸液でよく洗浄。この時の色ムラが黒染めにもそのまま影響するから要チェック。

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さて、いよいよ黒染め。100円ショップで買った底の浅いポリプロピレン容器に黒染め液を履帯がヒタヒタになるくらいの深さに注ぎます。綺麗な青。成分はなんだろう。瓶には書いてないからよくわからないけど硫酸銅かしら?

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黒染め開始。電動ハブラシで隅々まで溶液が行き渡るように磨きながら様子をみます。みるみると黒くなっていきます。ものの1分くらいで黒くなります。思ったよりも短時間。頃合いを見計らって引き上げ、水洗いして乾燥。あっという間に作業は終わりました。

酢酸液での下処理が悪いと表面の不純物が析出して白い斑点が出来ることもあるようですが、今回は特にそれもなくラッキー。

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染めむらが出たら引き上げて、クリーニングしてからもう一度漬け込み。その意味でも最初の漬け込みは少し色浅めぐらいで引き上げて様子を見て進めるのがコツかも。

染め時間が長くなると黒錆色より赤錆色が強くなる様子。漬ける時間が長くなると反応が進み過ぎて表面が荒れてくるとのこと。黒染め液から引き上げて水洗いする前に放置しておくと赤錆に。車輌の表現に合わせて、この辺りのさじ加減は...何事も経験ですね。

黒染め液の温度で反応時間も違うようです。冷えてると反応が遅いとか。この時は室温20度くらい。

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水洗いの後、乾燥させるとこんな感じ。今回作っているのは歴戦の車両ではないので、もう少し黒の段階で止めてもよかったかな。ピンの頭を固定した瞬間接着剤のはみ出しで黒く染まってない部分ができてしまいましたが、このくらいは油絵の具でレタッチします

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あっという間に終わりました。まだもう一回ぐらいできるかしら。
綺麗な色のグラデーションを描く使用後の黒染め液をとりあえず元の容器に戻します。
廃液は有害なので下水には流せないらしく、処分するなら新聞紙に吸わせてゴミの日に。

でも燃やしたら、成分が大気中に放出されそうだし... なにがいいのかはわかりません。

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作業は全て使い捨ての手袋つけて行います。履帯自体が鉛を含んでいるし、黒染め液も有毒成分があるので手につかないように作業を進めます。終わった後、手袋を裏返してゴミも一緒にくるんで捨ててしまうと後始末が楽です。

黒く染めは結構あっという間で設営から掃除まで合わせて30分もかからないくらい。
酢酸液での洗浄が必要無かったらもっと簡単なのに…

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と、思って比較実験してみました。
連結済みのピースは酢酸液で洗浄、下処理してから染めたもの。バラのピースは下処理なしで黒染め液につけたもの。何もしてないと染まり方は悪いです。時間をかければできないことはなさそうですが、やっぱり下処理してからの方が綺麗に染まります。手抜きはできない、ということかしら。


余談。
ここまで読んで気づいている人も多いと思いますが、黒染めの方法は四谷仙波堂のホームページにあったAK黒染液の解説記事に多くを依っています。 しかし、四谷仙波堂は惜しくもこの9月で閉店。
ホームページも閉じてしまったので、ノウハウはどこかに書き留めておく必要あると思って記事にしておきます。

思えば、店主の製品紹介記事の批評的な視点は、たかが模型(商品)と、されど模型(再現)の間の溝に橋をかけるようなところがあって、初めてそのサイトを見たときは衝撃を覚えましたね。ネットの向こう側にいるモデラーに個人で模型を売っていくスタイルを見て、いい時代になったとその時は思ったものです。

インターネットは個人を拾い上げるツールとしてはとても優れているけど、個人的にビジネスをするには、実は向かないような気もします。ロングテールを狙った商品構成なのにWEB上では在庫確認ができないなどページ作りの欠陥もあったにせよ、話題の新商品に切り込んでいく言説のスタイルが、逆説的なパラドックスを抱えてしまっていたような。

実際問題、たとえば5000円の商品を一日何個売らないといけないのか、家賃経費と仕入代金を払っていくら残るのか、とか。想像するだけで本当に大変

どの分野でも個人でビジネスを続けるのが難しい時代になってきているような気がします。ここ最近。

by hn-nh3 | 2018-11-17 18:53 | 資料 | Comments(2)

タビメモ

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旅先での写真から。
フランス、アルザス地方の平野部。ライン川西岸の乾いた黄褐色の土、雨が近づく空の光の色。9月。

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南部ドイツの田舎のあぜ道。砂利混じりの乾いた道の轍に沿って点々と生える雑草。よく見ると低い地這性の植物とロゼット状に伸びる草の濃いグリーンの2トーンがあることがわかる。

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道端に生える芝草の類。一様なグリーンではなく、ひとつひとつ独立した草株が密生して一面のグランドカバーを形成。一面の緑のカーペットではなく、疎らに地表面が残っているのが自然。

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少し丈のある下草。高さは30cm~50cm程度。すみません名前はわかりません。「ヨーロッパの雑草図鑑」なんていう便利な本はないのかしら?

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これは、タンポポですね。なんだ、ドイツも日本と生えてるものは変わらないんだね.. というより日本の野山に咲いているタンポポの殆どは、ヨーロッパ原産のセイヨウタンポポ。いわゆる帰化植物。

植物の国境は曖昧です。近所の空き地なんかでよく咲いている白いヒメジョオンも江戸末期に移入されて明治の頃にはすでに雑草化してたんだとか。
その逆でススキは園芸植物としてヨーロッパのあちこちの庭園で栽培されてましたね。日本原産のギボウシもあちらではホスタという名前でナチュラルガーデンの必須アイテム。農家の庭先の花畑もエキナセアとか日本の園芸ショップで売ってる花と変わらず、流行はワールドワイド。世界中の植物はオランダに集められて世界中に拡散しています。

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ドイツ南部の小さな街の石畳の表情。ヨーロッパの旧市街の路面は必ずと言っていいほど石畳。舗石というとモノトーンなイメージあるけど、使っている石は意外に色とりどり。白やグレーだけでなく赤っぽい色の石も混じってます。赤御影ではなさそうだからチャート石の類? 前にプラハの石畳は何色なのか調べたことあったけど、その時も意外に赤っぽい石を使っている写真が多かった。そういえばヘルシンキの石畳も赤みが強い石。

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石の隙間に生える雑草。基本的には石畳の作り方は下に砂利や砂を敷き詰めて石を叩き込んで動かないようにするから、草は生えにくいはずだけど、長い間に落ち葉や土が隙間に溜まったのかしら。写真を撮った場所は小さな教会のある広場の片隅でそこが影ができやすく、いつも湿ってるので草が生えたのかも。

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マンホールと石畳。マンホールの周りにぐるりと石を並べて納めてましたね。石も不揃いで古そうな感じですが、ヨーロッパの石畳は必ずしも古いものではなかったりする場合も多いのだとか。戦後のモータリゼーションで一度はアスファルト舗装の車道にしたものの、旧市街の環境保護のため、路面電車を復活させて車の通行を制限してアスファルトをやめて石畳に戻した事例など。だから、石畳のある街並みだからといって、必ずしも昔からの風景、という訳でもなかったりするみたい。

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ケーブルドラムも見かけました。前に記事で書いたことがあったので、ちょっと反応して写真を撮ってしまいました。風化した色合いとかモデリングの参考になります。

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ドラムの直径にはいくつかのバリエーション。大きなドラムは太い電線。小さなドラムに巻いてあるのは細い電線。こう書くと当たり前に思うけど、これを見るまではドラムのサイズの違いはなんだろう?と思ってましたよ。

ドラムが勝手に転がっていかないように、適当なものでストッパーをかませてあります。こういうリアルは意外と盲点。

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by hn-nh3 | 2018-10-16 20:24 | 資料 | Comments(2)

戦争のかたち

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既刊本の紹介。「戦争のかたち」(下道基行 著  2005/7 発行 リトルモア 20.8×14.6×1.6cm 120P )
かれこれ10年以上前になるが、北海道の十勝平野の海岸線に戦時中に作られたトーチカ群が今も残っていることを知った。軍事構造物としてはナチスドイツが大西洋岸に築いたアトランティックウォールの要塞群が有名であるが、旧日本軍が米軍の上陸に備えて北海道の太平洋岸に構築したトーチカはなんとも貧弱で、侘しく取り残された風景が気になってしまった。

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そのころに見つけて買った本です。紹介する画像はすべてこの本から。

2005年というと、Googleの画像検検索、気になる本はAmazonで購入というのが情報との出会い方として一般的になっていただろうか。発信の仕方も大きく変わっていった頃か。カメラではなく、携帯で写真を撮って、HTMLを知らなくても使えるブログにアップしたり。

著者は1978年生まれ、2001年に武蔵野美大油絵科を卒業。卒業後にピザ屋で宅配をしている時に偶然出会った戦争遺跡に衝撃を受けてカメラを買って旅に出た、ということだ。決して軍事研究者だった訳でもなく、写真家だった訳でもなく。

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d0360340_19495288.jpgだから最初に言っておくと、廃墟マニアやミリオタのための写真集とか、歴史遺産の記録資料といったことを期待すると、少し拍子抜けするかもしれない。カメラを生業とした作家の写真集、といった風情でもない。..もっともっと軽い、のである。

だから面白い。戦争を知ってるとか知らないとか、そういう話ではなく、日常に紛れ込んでしまった「日常のかたちではないもの」を拾い集めた記録。

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前回の記事で少し紹介した大阪の東淀川区、西淡路高射砲台はこの本に載っている写真で知った。住居として改造されたこの砲台跡に住んでいた人もその頃は健在で、著者が2004年にインタビューした記事も掲載されている。

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同じく前に記事で紹介した東京の葛飾区 白鳥の高射砲陣地跡逗子の披露山公園の花壇に改造された高射砲陣地も写真が載っている。キャプションは地名のみで詳細な解説がある訳ではないので、ひとつひとつの写真の印象は薄く、昨日ふたたび本を開くまですっかり忘れていたくらい。もちろんそれは写真としての強度云々の話ではなく、通り過ぎる風景のように、気になった時にまた出会えばいいのだ。それだけの話。戦争ネタだからと言って別に懐古趣味的に語る必要もないし反戦的なフリをする必要もないし。

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「戦争のかたち」の歩き方 という見出しで、遺構のある場所の地図も載ってる。トーチカ、砲台、掩体壕などなど、実際に見に行く人は少ないと思うけど、これは便利かもしれない。というかこのフラットなビジュアルが、この本に通底するトーン。

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遺構が転用されて住居や公園施設になっている事例をポップなグラフィックに起こして説明している。物件毎の固有のディテールを捨象してタイポロジカルに表現したビジュアルは、楽しいけど写真に対して必ずしも成功していないように思う。気分はわからない訳ではないけど。


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その黄色いページに載っている「砲台パーク」こと、大分県の丹賀砲台園地の現存する砲台内部。トップライト屋根と螺旋階段を作って見学施設とした空間は圧巻。これはちょっと見に行きたい気もするけど、GoogleMapで調べたら地の果てのような場所

これに限らず、よくもまあこんなところまで行ったな、というのが多いです。自分もいくつかは実際に訪れたことがあるからわかるのですが、写真というのは1方向的なものだから必ずしも風景をリアルに捉えたものではない、という気がするのも事実。しかし、この本、間違いなく「買い」ですね。

本に載っている写真やビジュアルの一部、砲台住戸の住人インタビューなど、著者のホームページで見ることができます。

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(写真は全て「戦争のかたち」下道基行 著 より)

by hn-nh3 | 2018-09-12 22:04 | 資料 | Comments(4)
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1945年7月のベルリン。木製カートに乗った少年の画像は「Berlin and Potsdam 1945 - aftermath (HD 1080p color footage):Youtube から。

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終戦直後のベルリンを映したカラーフィルムですが、前に記事(難民カート)を書いた時に紹介したものよりも長いバージョン(30分)がYoutubeにありました。
廃墟となったベルリンの街。進駐するソ連軍や米軍、瓦礫を整理する市民。各地から引き上げてきた人々、交通整理にあたるドイツの警官。などなど見所は多く見ていて飽きないフィルムです。

戦後2ヶ月経った映像なので戦車など放棄車両の類はさすがに片付けられてしまっているようで、その方面を期待すると肩透かしをくらいます。

それでも映像の中にはこんな車両も。これは何?


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しかし、がっかりすることなかれ、今回の本題は映像に登場する荷車の類。前に書いた記事の続編です。 戦車ネタでなくてすみません(笑)

d0360340_05344197.jpgMiniArtの「ラゲージセット 1930~40年代」(no.35582) はボックスアートに描かれた廃墟の風景から、これは平和な時代の旅行道具ではなく、戦争中に避難する市民や住む場所を追われて難民となった人びとの荷物であることを暗示していると、前に記事(難民カート)に書いこともありましたが、そのキットが先日発売されたので早速に組立てレビュー。





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部品分割は細かすぎずアバウト過ぎず、といったところか。ベビーカーの車輪を支えるアームが装飾を兼ねたサスペンションになっている構造もしっかり再現されてます。エッチングにたよらず全てプラスチックで出来るのもいいですね。最近のミニアートらしく成形はきれい、一時期見られたプラスチックがポキポキ折れる現象も解消されてますね。思うにあれはプラ質の問題以上に射出成形時の温度管理が悪かったんじゃないかしら。

パーツの勘合もよく組立てもサクサク進んで、あとは車輪をつけて完成、ということろで問題発覚。車輪を車軸に取り付けるための穴が空いてないのです。組立説明図にはダボ穴らしきものが表現されていて、車軸には小さいながらも先端にダボがつくられているのに車輪側はのっぺらぼう。金型製作時のモデリングデーターに穴の入力を忘れたのかしら。セカンドロットでは改善されるといいですね。

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d0360340_08003590.jpg車輪に0.5mmの取り付け穴を開けて接着。サスペンションのアームつく車軸はカート本体から浮いた構造になっているので、実物はそれで衝撃を吸収できるようになっているのですが、模型としては華奢なので見えないところで補強したほうがよさそう。
ベルリンの映像に映るベビーカーは4台(1台は遠景だったので割愛)ですが、どれも車輪がスポークタイプ。キットはプレスタイプとなっているのが違うところですが、シルエットは同じで当時の標準的なタイプなのでしょうか。当時の写真でベビーカーの写真をいくつか確認してますが、ほとんどスポークタイプでした。まあそれをエッチングで再現するのは大変なので、プレスタイプでいいとは思います。

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カートの組み立て。これは少し前に発売された「小型カートとミルク缶」(no.35580)に入ってたものと同じ。裏面にはちゃんとシャーシが再現されてますね。小さな脇役アクセサリーながらもしっかりとリサーチして再現してあるのは嬉しいですね。こんなの自分でディテール調べて工作するの大変ですから。
前輪のステアリングの機構、引手が上下動するディテールもしっかり表現してあります。真鍮線で軸打ちすればそれぞれ可動するようにもできそう。こんなもの可動させて楽しいかという話はありますが。



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フィルムに登場するカートをいくつか。前輪と後輪の直径の違いのバランスなどいくつかのバリエーションがある様子。スポークは10本が一般的なのか。キットの車輪も10本スポークですね。
ちなみに前に記事(荷車メモ)で取り上げたMasterboxのフィギュアセットに付属のカートの車輪は8本スポーク。

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比較してみます。左がMasterboxのもの。右がMiniArtのカート。スポーク本数の違いの他にもサイズがずいぶん違います。まあこれはどちらが正しいという訳ではなく、タイプの違いと考えるべきものかと思います。8本スポークのカートも当時の写真で確認できます。ディテールは新しいMiniArtのキットのほうが繊細。

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小形カートとベビーカーの2ショット。とりあえず組立ては完成。軽くサフ吹いて記念撮影。

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そしてラゲージセット・オールスターズ。カートのほかにはトランク類とジャガイモ袋、などなど。エッチングパーツは無し、トランクに貼るステッカーがデカールで用意されてます。

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トランクも大きいのから小さいのまで。メーカーなど調べればモデルとなったタイプも分かるのでしょうが、そこまでは調べてません。ごめんなさい。
ルイヴィトンのモノグラム柄とか塗装でがんばって再現できたら楽しそう。このサイズでそれは無理だと思いますが。
寸胴のドクターバッグは側面が別パーツのはめ込み式になっていた少し潰れた感じがうまく再現されてますね。お医者さんが往診の時に診療道具を詰め込むのに便利な形なのでこのタイプはドクターバッグと呼ぶようですね。レッドクロスをつけた車両に積むなどちょっとしたアクセントになりそうなアイテム。
円筒形のバックが帽子ケースかしら。それぞれディテールもしっかり表現されてますが、取手の付け根など少し手をいれてやるとぐっとよくなりそう。


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ベルリンのフィルムにはこの他にもいろいろなタイプのカート、荷車類が登場。民間人の服装や荷物類がカラーで分かるのがいいですね。モデリングの参考になります。この他にもMiniArtのフィギュアのモデルになっていると思しき人物など登場して、その話もしたかったのですが、長くなるのでこれはまた別の機会に。

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前に書いた関連記事INDEX:
・難民カート
・荷車メモ

by hn-nh3 | 2018-08-22 09:11 | 資料 | Comments(17)

難民カート

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MiniArtからメールマガジンが届きます。何か登録したっけな?と思いつつ、好きなメーカーではあるからそのままにしてますが。

LUGGAGE SET(No.35582)がもうすぐリリースとのお知らせ。2018年のカタログにホワイトバックのモデリング画像で発表されたときになんとなく気になってましたが、このボックスアートを見て、やっぱりそうなのかと。
タイトルは1930〜40年代荷物セットとなってるけど、廃墟の街を背にした荷物は、夏のバカンスのためのものではなく、これは故郷を追われる人々の荷物なのだと。
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d0360340_19281217.jpg難民の話はこの前の記事:荷車メモ で少し触れましたが、このキットから想像されるのは1945年のドイツ人追放

敗戦で1200万人とも1600万人とも言われるドイツ人が旧領土や占領地から追放されたと言われています。当時のドイツ人の5人に1人くらいの人が住む場所を失った、ということでしょうか。着の身着のまま身の回りのものをカバンに詰めて、ベビーカーにもありったけの荷物を積んで西に移動する姿が写真に残ってます。

王道楽土の開拓からの引き輪げではなく、戦争の結果の国境変更により故郷を追われた人々。ドイツ国境は戦後に東側がごっそりポーランドになってるんですね。ポーランド自体も東半分をソ連に持ってかれて西側をドイツから得て、国自体が西にスライドしてるような有様。フィンランドも然り。国境はあくまで結果です。
そうしたヨーロッパの状況を知ると、北の島々が元の持ち主に返されるなんて幻想だってのがわかります。まあ元の持ち主って誰?という話もあるけど。

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もちろんキットの使い方はそれだけではないし、モデリングとしての個人的な興味の範疇は荷車系のベビーカーと小型カート。

キットのパーツランナーを見ると、MiniArtらしい繊細さでベビーカーの華奢な感じがうまく表現されてますね。PEパーツに走らずプラパーツのみで再現できるのは嬉しいですね。ハンドルは折れてしまいそうな細さでさすがに真鍮線で作り直したほうが良さそう。

スケルトンタイプの小型カートは牛乳缶セット(No.35580)に入ってるのと同じもので、ゴートカートとかドッグカートと呼ばれる当時一般的なタイプのもののようです。キットの箱絵のようにジャガイモ袋を積んでもいいしトランクを載せてもいいし、毛布を自作して積み込んでもリアル。

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ベビーカーと小型カート。前回の記事の時は「農業用カート」で検索しても当時の小型カートの写真をなかなか見つけられなかったけど、「難民」をキーワードに検索すると荷車やベビーカーの写真が続々と出てきます。キットと同じスケルトンタイプの4輪の小型カートの写真も見つかりました。
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d0360340_19434443.jpg上の写真は1946年7月、チェコからドイツ本国に向かう人の列。ベビーカーで荷物を運んでいる人の多いこと。確かに、普通の一般家庭にある車輪つきのカートというとベビーカーぐらい。

キット化されたタイプも見かけます。側面の模様に違いはあるものの一般的なメーカーのものだったのでしょう。それがどこのなにかまでは突き止められず。

ベビーカーやカートが写っている動画も見つけました。


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敗戦後のベルリン。避難先から戻ってきた市民でしょうか。3:45秒にベビーカー、3分50秒と4分00秒にカート、5分10秒頃にベビーカー。街はまだまだ廃墟。破壊された車両も転がったまま。ガソリンなしで動けるから便利なのか、自転車乗ってる市民が目に付きます。


その他、こんな写真を見つけました。
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1945年3月、ドイツ国内ベンスハイム。廃墟を前に呆然とする女性の名前はアンナ・ミックス。64歳。写真はWikimedia Commonsより。

この人、どこかで見たことある、と思ったら、これ。
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MiniArtのフィギュアセット:1930~40年代のドイツ市民(No.38015)。真ん中のお婆さんのモデルですね。といっても全く同じではなく、モデルの女性は60代のメガネをかけたシルバーマダムですが、キットではもう少し年配、70過ぎの老婆といった感じで脚色されてます。

彼女に限らずMiniArtのフィギュアには当時の写真の中にモデルがいたりするので、ひょんなところで出会ったりすると楽しいですね。右端の警官もキットにコンパーチブルで入っている制帽をかぶった姿でいるのを、上記の記録フィルム(5分05秒頃)の中で見かけましたよ。

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去年のSUMICONの時に作ってみたもの。フィギュアの塗装は出戻り後初めてだったので、顔の塗り方とかまだまだですね。すべて油彩です。右手の杖は真鍮線で作り直してあります。使うシーンにあわせて左手の角度はキットのオリジナルのポジションから少し調整したと思います。

フィギュアは塗装作業とベースへの固定のために足裏に打ったピンを洗濯はさみに固定して写真を撮ってますが、ピンなしでも自立するように足先の向きとか微妙な角度を調整してます。これに限らず静止した立ち姿のフィギュアは足の角度や腰とか背中の向きを微調整して、支えなしでも自立するように調整するといい感じになります。両足がつくる台形の地面のエリアに重心を納めればフィギュアは自然に立つようになります。

もちろん実際の人体とフィギュアでは身体部位の重量バランスが違うので厳密には違うのですが、人間が立つというのはそういうことですから。自分の中の言葉では「重心が見えるようになる」までポーズを微調整します。
歩いている、動いてる姿勢の時は、重心を足先から外すようにします。外れた重心に向かって身体を移動させて再び安定させようとする随意反応が「運動」だから。

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製作記事:Grille弾薬運搬車改造3.0cmFLAK 1945.5 Praha

1945年5月、戦争終結時のプラハで我が身の行く末を案じるドイツ系女性、という設定で登場してもらいましたが、見立てはだいたい間違ってなかったですね。

この時は、車両の塗装やジオラマベースの製作そしてフィギュアの製作など、最後はバタバタでろくに製作記事も残さず完成させてしまったので、どこかで機会をつくってそれも書き留めておきたい気もします。車両に載せた新聞とかパンの「焼き方」とか、いつか忘れないうちに。


by hn-nh3 | 2018-05-26 09:41 | 資料 | Comments(4)