断片的思考のメモ


by hn-nh ( or hn )

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模型的日乗 4月

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野に山に花咲く季節。ニッパーを捨てて街に出よう。下北沢や秋葉原など散歩して見つけた今年の春のお買い物。

d0360340_11573682.gifSTAR DECALS:1968年、プラハの春と言われるチェコの民主化運動に軍事介入したソ連・ワルシャワ条約機構軍のT-55/54戦車ナンバーのデカールセット。5種類の車体が再現可能。

今年、2018年は「ダニューブ作戦50周年」なんだそうな。
当時、ワルシャワ条約機構の同盟国の一員であったチェコスロバキアに介入して民主化の芽をあっさり摘み取ったこの作戦。1968年8月20日の深夜、ソ連・ワルシャワ条約機構軍がチェコ国境を突破して首都プラハに侵攻。「同盟国」のチェコも同じT-55戦車を装備していたので、敵味方の識別用の白い十字のマーキングを施した戦車の群が、朝になったらプラハ市内の街路や広場を占拠していたという出来事。

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(photo : Josef Koudelka / Invasion 68: Prague)

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突然にこんな風景ですよ。びっくりなんてもんじゃないですね。改革を主導したチェコ共産党第一書記のドプチェクは拘束されてモスクワに連行。

軍事介入に抗議するプラハ市民の様子を写真に撮って西側世界にフィルムを託した写真家、ジョセフ・クーデルカの話は前に書いた記事:8月のプラハ(1968)を参照。

「ダニューブ作戦」に投入された白い十字をまとったT-55/54戦車。
自由を求める市民の敵と見るのか... 行き過ぎた政治から解放する十字軍と捉えるのか... どっちの側から見るかで変わってくる話でもあるし、その答えは歴史に委ねるとしても模型的には少し気になるアイテム。

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(photo : Josef Koudelka / Invasion 68: Prague)

d0360340_17522832.jpgバリケードを作って抵抗する市民とT-55の上で銃を構えるソ連戦車兵。ペンキ缶を投げつけれらたこの車両はデカールの[A]のセットで再現できます。

ロシアのガレージキットメーカー:TANK(タンキ)から、上の写真の兵士たちがフィギュア化されるニュースもありましたね。

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(photo : Josef Koudelka / Invasion 68: Prague)

おっちゃんに石を投げられてるこの戦車はT-55か。現用戦車には疎いのでプラハに侵攻したT-54AもT-55もみんな一緒に見えてしまうのですが、ここ数日調べて、なんとなくわかった識別ポイント。

T-54A:
・砲塔上部にお椀を伏せたようなベンチレーターカバーがついている
・砲塔右側の装填手用ハッチ基部が左側の車長用キューポラ同様に盛り上がっている
・この型より車体後部の燃料ドラムタンクが標準装備。
上のカラー写真に登場する027号車はT-54A。デカール[E]のセットで再現可能。

T-55:
・砲塔上部のベンチレーターカバーがなくなりフラットになる
・砲塔左側の車長用キューポラのボルトジョイントが露出
・砲塔右側の装填手用ハッチがフラットになる

T-55A:
・砲塔左側の車長用キューポラの周りに放射線防護カバーがつく

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白の識別帯は砲塔頂部で十字にクロスしているパターンと横帯が砲塔ハッチで途切れている2つパターンがあるようです。これの法則性は要リサーチ。

広場で市民に取り囲まれる戦車群は砲塔のベンチレーターカバー無し、フラットな装填主ハッチ。車長キューポラ周りのボルトなどの特徴からしてT-55戦車。
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(photo ; Franz Goess / 1968.8.21)

1968年の話なので、カラー写真も結構残ってます。この車両はT-62でしょうか。

d0360340_18161782.jpgちょうどこの年の8月にリリースされたビートルズの「ヘイ・ジュード」を歌い自由を求めたプラハ市民。そんなことを想像しながら戦車にデカールを貼るのは、なんだかアンビバレンツな作業になりそうです。...そうか50年前の曲になるのか... 既に歴史の1ページになってしまうのかと思ったら、自分の生まれた年だったりして...

現用戦車というとずいぶん大きな車体をイメージしますが、T-54/55はとてもコンパクトな車体で「大戦期のKV戦車より車体長、幅ともに小さい」ということを知って少しびっくり。

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もう一つの買い物。KV-1 鋳造砲塔1941年型。再販なったトランペッターのキット。

d0360340_13551462.jpgキット名は「KV-1重戦車 1942年型 鋳造砲塔」。車体後部装甲が丸い形状の前期型車体。砲塔の後部機関銃座の周りの補強リブなしの初期型鋳造砲塔。
タミヤで「KV-1C」という名前でキット化されているのと同じタイプですね。

どうせ買うなら車体後部装甲が斜めの直線になった1942年型か、タミヤでキット化されてない溶接砲塔とかにすればいいのに、とも思いましたが、このタイプの形が好きなんですね、やっぱり。
模型映えするなら、ボルトオン増加装甲(エクラナミ)など、前なら迷わず買ってたと思うけど、なんとなくあっさりしたのが好きですね、最近は。 歳とったかな.... カツカレーよりも煮魚。寿司屋でつまむのも中トロより干瓢巻き。 

キットの値段も2000円そこそこと発売当時と値段が変わらないのも嬉しいところです。しかしなぜ今、KV戦車なのかというと。私、1995年頃から2010年まで模型づくりから離れてたんですね。だからトランペッターからKVシリーズが相次いでリリースされた時とか緑箱の名作を発表していたドラゴンの黄金期は全く知らないんですよ。

2011年に模型づくりに復帰したものの、空白の時期にリリースされたキット群は既に市場になく、いつか再販された時には...なんて思って、本体も持ってないのに魔が差してMasterClubのメタル履帯を先に買ってしまったりしたので、今回の再販は嬉しい出来事。

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MasterClubの履帯は、KV用スプリットタイプ。2分割でセンターガイドのないピースとセンターガイドのあるノーマルなピースを交互に繋いだ1942年型でよく見かけるパターン。いつ頃からこのタイプが採用されたのかよく知らないのですが、1941年型前期車体/鋳造砲塔の車両でもこのスプリットタイプの履帯を履いている写真も残っているので、このキットの組み合わせはエラーではなさそう。

トランペッターのKV-1戦車。箱を開けて部品の少なさにびっくり。その気になれば1日で組めてしまいそうですが、第一上部転輪の位置が違うとか、いくつかのトラップがある様子。作る前に少し調べてみないと思わぬ罠にかかりそう。
ん? もう組んでるじゃないかって... いやパーツの勘合とか調整箇所を確認するための仮組です。カ..リ..グ..ミ。


by hn-nh3 | 2018-04-11 18:11 | 日々 | Comments(4)

8月のプラハ(1968)

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プラハと写真の話の続き。前回の記事(「5月のプラハ」)で少し触れた写真家 ジョセフ・クーデルカ。彼が1968年のチェコ事件に遭遇して撮影したものをまとめた写真集があったので、思わず買ってしまいました。2014年に東京国立近代美術館であった彼の回顧展は行った記憶がありますが、2011年に東京都写真美術館で行われた「プラハ侵攻 1968」の展覧会は未見でした。その時に合わせて出版された日本語版写真集(原典は2008年に発表)

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ジョセフ・クーデルカ Invasion 68 Prague /プラハ侵攻 1968 平凡社 2011刊

版形は31.8×24.6cm 厚み2.6cm 295 ページ。でかいです。
表紙はシルバーに黒のロゴタイポでまとめられて至ってシンプル、かっこいいです。大きさの比較で、机の中に眠っていた未現像のフィルムを横に置いてみました。と言ってもフィルムなんか最近使わないから、大きさのイメージが掴めないですね..

Amazonで中古本を買ったのですが、表紙に少し使用痕がある程度で美品。プレミアついて当時の価格よりも高いですが、それでも中身の質と洋書を買うこと考えたら、全然お買い得。

この本の出来事の前提として少し説明しておくと、1968年1月、ワルシャワ条約機構の一員として社会主義国だったチェコスロバキアで、A.ドプチェクがチェコ共産党第一書記に就任。「人間の顔をした社会主義」を掲げて、検閲の廃止や市場経済の導入など、「プラハの春」と呼ばれる民主化の流れが生まれます。改革はやがて体制批判など党の存在基盤を揺るがす話にもなり、波及を恐れたソ連が突如、同盟国であるはずのチェコに軍事介入。ドプチェクは拘束、モスクワに連行されてしまいます。

(以下、写真出典は全てこの本より)
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冒頭に当時のラジオ局の放送の内容。1968年8月21日の未明にソ連軍が国境を超えてチェコ国内に侵攻。暴動などソ連軍に占領の口実を与えるような動きをしないよう市民に呼びかけるなど、緊迫した状況を伝えてきます。チェコとスロバキアとの微妙な空気感の違いも読み取れて興味深いです。

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侵攻するソ連軍と国旗を掲げて抗議するプラハ市民。銃を持っての武力抵抗にエスカレートしなかったのは、ラジオ局の放送が功を奏したのか。ソ連兵の乗る装甲車はBTR-40でしょうか。この時代の車両にはあまり詳しくはないのですが、ミリタリーモデラーのブログとしてはその辺りも少し触れておきます。

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プラハを占領するソ連軍車両。車両はASU-85空挺戦車か。撮影したジョセフ・クーデルカ(チェコ語読みではヨゼフ・コウデルカ)は当時30歳、航空技術者の職を辞して写真家としての道を歩み始めたところで、ルーマニアでのジプシーの撮影旅行から前日に帰国してこの事件に遭遇、その後の人生を大きく変えていく写真を撮ることになるのです。

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夜が明けて現れたソ連軍。戦車はT-54/55。BTR-152装甲車なんかも写ってます。識別マークとして白いラインを車体に描いているのがわかります。

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抵抗するプラハ市民。バスのバリケードを突破しようとするASU-85の姿が当時のニュースフィルムにも残ってます。

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抗議のデモに向かう市民の車列。撮影はプラハ市内のCKD工場の裏だそうです。CKDと言うとドイツ占領時代はBMM工場という名前で38(t)戦車やHetzer駆逐戦車を作ってた場所ですね。ミリオタ以外にはどうでもいい話ですが

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デモ隊の運転するこの車はなんだろう? こういうの好きなんですが、知識がなくて車種がわかりません。

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抗議集会。長くなるので紹介しませんが、抵抗する市民の姿をクーデルカは克明に追っています。見開きで30×50cmの写真はとにかく圧巻。これらの写真は当局の目を盗んで西側に持ち出され、匿名の写真家の撮影したものとして事件の真実を伝える大きな役目を果たします。
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クーデルカ自身は1970年にイギリスに亡命。これらの写真が自分の撮影であると名乗ることができたのは、国内に残る父親が亡くなり家族への迫害の危険が去った後の1984年。ロシアでゴルバチョフのペレストロイカが始まったのが1985年だから遠い話ではないことに気づかされます

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トレーラーの落書き。モスクワに帰れ!というメッセージ。1968年のソ連軍侵攻、1938年ミュンヘン会談で決まったナチスドイツによるチェコ併合。大国の都合で翻弄される小国の歴史の哀しみが伝わってきます。

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チェコ事件を伝えるこれらの写真は、映画「存在の耐えられない軽さ」でのプラハの騒乱のシーンの考証に使われたそうです。
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「存在の耐えられない軽さ」監督:フィリップ・カウフマン 1988年製作 171分

ミラン・クンデラ原作の小説の映画化。自由の風が流れ始めた1968年のプラハを舞台にダニエル・デイ・ルイス演じる脳外科医のトマシュ(ただし無類の女たらし)と彼に恋をしてしまった写真家志望のテレーザを演じるのはジュリエット・ビノシュ。彼らも否応なく事件に巻き込まれてしまいます。
ニコニコ動画ですが、http://www.nicovideo.jp/watch/sm6119205
この動画の11分あたりから騒乱のシーンが再現されてます。当時のニュースフィルムと再現映像をつなぎ合わせて、ソ連軍の侵攻してきたその時、彼らが本当にそこに生きていたかのように見せてます。

深夜のプラハに戦車がやってくる映像はさすがにT−55は借りてこれなかったのかT-34/85が「代役」を勤めているのはご愛嬌ですが、深夜の痴話喧嘩の最中に突然地響きでテーブルのグラスがカタカタと音を立て始めて異変が起きていることを気づかせ、そのまま広場を埋め尽くす群衆と戦車のシーンに繋がっていく編集は見事。テレーザは夢中で写真を撮りまくり、取材に来ていた西側の記者にフィルムを託すくだりはクーデルカの姿がダブります。

映画のこのシーンの続き(http://www.nicovideo.jp/watch/sm6120939)では、少しネタバレになりますが真実を伝えるために撮った写真が当局によってデモに参加した市民の告発に使われます。西側の記者に託してニューヨークタイムズに掲載された写真が「証拠」として使われてしまうシーンはたまらなく切ない。

それにしても、この頃のジュリエット・ビノシュは可愛かったですね。当時、招待券をもらったとかでガールフレンドと試写会に行った記憶があります。レオス・カラックスの「汚れた血」に出演してた時もよかったな。
...こんなこと言ってると、歳がバレるのですが。

by hn-nh3 | 2017-11-19 18:19 | 写真 | Comments(8)

5月のプラハ

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1945年5月5日、ベルリン陥落の後、当時ドイツ領出会ったチェコに侵攻してくるソ連軍に呼応してプラハ市民が武装蜂起。5月9日にはドイツ降伏となるので、いわゆるプラハ蜂起は都合4日程で終結。その時の混乱の中でも写真は意外に残されていて、冒頭のベルゲパンター?に37mmFLAKを搭載した改造車両など戦争末期の風変わりな車両がいろいろと記録されています。

蜂起軍のクレジットには載ってこないようなので、ドイツ軍がこの車両を使用している状況(蜂起部隊を警戒中?)を写したものと推測されます。
広場に面した窓から撮ったこの写真は、いったい誰がここから撮ったのだろう?

忘れがちではあるけど、写真は「誰かが写した」ものということ。忘れがちだけど。
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決起したプラハ市民を写した写真。この緊迫した場面でカメラを構えていた人間は間違いなくチェコ民兵と同じ側に立つ「味方」のカメラマンであったと思われます。だからこそ、立ち上がった市民が銃を構える場面を撮ることができて蜂起の瞬間を間近に記録した貴重な写真を今に伝えています。
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ここで気になるのは状況の複雑さ。このような写真は決して「普通の市民」が散歩の合間にポケットカメラで撮ったものではなく、その殆どは目的を持って「写真家」が記録した写真だったのではないか。というような話。

チェコスロバキアは1938年にナチスドイツに併合されて、ドイツ軍として連合国相手に戦っていたのだから、チェコの工場で生産される戦車(38t戦車やHetzer駆逐戦車)はドイツ戦車として前線に送られていたように、写真を撮ることを仕事としていたなら、当然にドイツ軍の様子を記録するカメラマンでもあったのかもしれない。
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この写真はいわゆる「プラハのヘッツアー」を撮ったもの。プラハ市内の工場で最終組立てをしてドイツ戦車として完成する前に蜂起部隊が奪取して未完成のまま使用した蜂起軍車両です。昨日まではドイツ軍に所属してドイツ戦車を撮っていた写真家も、その翌日には蜂起軍側で蜂起軍車両の写真を撮っていたのかもしれない。この戦車のように。

もちろん、中立的に撮っていたカメラマンもいただろうし、戦場カメラマンには弾は当たらない(敵味方の双方から撃たれない)という話もあるけど、蜂起したプラハ市民が勝利するのかドイツ軍に制圧されるのか帰趨がわからない状況で「何処に立って何を撮るのか」という問題は決して簡単な話ではなかったはずだ。そう思うと、残された写真にはカメラマンの立ち位置も写り込んでいるような気がしてくる。

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5月9日。ソ連軍はプラハを占領する。ドイツ残存部隊の掃討は11日頃まで続く。果たして赤軍は解放軍であったのか。首都にやってきた遠い国の戦車がどのように見えたのか、今となっては確かめようもないけど。

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最後の写真はその23年後。1968年8月のプラハ。
チェコスロバキアにソ連軍が侵攻。「プラハの春」と言われる民主化の運動はあっけなく潰されます。
プラハに侵入したソ連戦車とそれに抵抗する市民の様子を写した写真は密かに西側に持ち出されて、撮影した写真家の名は伏せられた匿名の写真としてロバートキャパ・ゴールドメダルを受賞。その有名な写真がジョセフ・クーデルカの撮影であったと明かされたのは、その16年後(1984年)のことだったという。
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by hn-nh3 | 2017-11-13 21:52 | 写真 | Comments(8)
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春から制作を進めていたGrille改造 3cmFLAK、とりあえず完成してます。SUMICON参加作品として10月31日の締め切りになんとか間に合ってほっと一安心。

こっちのブログには塗装経過とかアップしてなかったので、工作終わったと思ったらいきなり完成、ということになってしまいました。伏線を回収しないまま突然に最終回を迎える人気のない漫画みたいですが、と言ってまだ完成してないふりして「サフ吹いたとこです〜」という偽装記事を書くも気が乗らないので、ひとまず完成報告。
完成にいたる過程の書き留めておきたいことはいくつかあるから、それは改めて記事にするつもり。

写真、撮りなおしました。コンペの最終日に慌てて撮った写真はちょっとミスったとこあるので、その顛末を含めて今回書き留めておきます。まずは再撮の写真をSUMICONのサイトよりも高解像度(1600×1200:写真はクリックで拡大)でアップ。キャプション再録。


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Grille弾薬運搬車改造3.0cmFLAK 1945.5 Praha

完成しました。ドラゴンの考証ミス白箱キットが形になりました。
1945年5月、ドイツの降伏と前後して蜂起したプラハ市民に鹵獲された車両です。
この車両を取り巻く状況を伝えるべく、ベースもつけてみました。

1. 拠点防衛用にGrille1を改造して3.0cmFLAKを無理やり搭載した車両。機関砲の簡易砲架をスクラッチ。新品の機関砲と改造のベースに使った中古車両のくたびれた感じの対比を表現しました。
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2. 左側全景:残っている当時の写真を参考にして各部を制作。
取り外されたトラベリングロック、車体のカモフラージュ用ワイヤー。迷彩柄も写真を見て復元。
プラハの街灯は当時の写真を元にそれらしく再現してます。
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3. 右側全景:こちら側の実車の写真は殆ど残ってないので、想像を交えて作ってます。
排気管は途中で脱落しているらしく、その状態を再現。
ここからはフィクションですが、破損の原因となったかもしれない事故の傷を車体につけてみました。
写真に残ってないアイドラーホイールは、接触事故で壊れて取り替えたというストーリーを設定。スペアホイール不足でヘッツアーの誘導輪を流用してます。
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4. 上から:機関砲への換装の時に元々の部品を取り外した痕跡を表現してます。
脇に立つフィギュアはミニアートのものから。手の表情だけ少し変えてます。
蜂起してドイツ兵やドイツ系住民を追い払っている市民を見て不安げな老婆。
その昔、ベルリンから嫁いでプラハにやってきました。彼女は追われる側なのか、排除する側になるのか。
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5. 後方から:途中で途切れた排気管。加倒式の後部装甲板の上にあるのはドイツ軍のヘルメットをゲットしてチェコの蜂起部隊が使っていたもの。チェコの国旗を付けてます。
路上で旗を振るのは赤軍の交通整理兵。ミニアートのものを首の角度と長さを調整。少し顔もいじってます。
彼女は戦車に乗ってウクライナからプラハまで来ました。22歳、ただしちょっと太め。
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6. チェコ民兵が鹵獲して使っていた様子を想像で再現。不便だったので、カフェから拝借したトーネットの椅子を車内に持ち込み。
機関砲を俯角で地上掃討に使うのには、踏み台があった方が便利。椅子は役に立ちます。
機関砲の脇には、朝のパンと新聞。ここ数日、パンは焼いてなかったらしく、
手に入れたものの固くてそのまま放置。パン屋襲撃。

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写真を取り直して、細部がだいぶ明瞭にわかるようになりました。前回の撮影ではコンデジを絞り優先モードで撮影した際に、なるべく奥までピントが合うように絞りをF値8.0まで上げて、他はカメラの自動設定でシャッタースピードは手ぶれ限界の1/15~1/20で撮った訳ですが、その時ISO感度の上限を設定してなかったものだから、うっかりISO800の設定になってしまったため、写真の粒子が荒れて、滲んだような画面になってしまってました。フィルムカメラで育った世代としては、絞り込んだら自動的にISO感度が変わるなんて意識してなかったよ..

再撮影では、光源をより明るくして、ISO感度は80で固定(6の写真だけISO200)して絞りはF値8.0〜5.6 シャッタースピードは前回同様1/15~1/20で撮影。
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左が今回の撮影。ISO値80、右が前回のもの。ISO値800。やっぱり粒子感がだいぶ違う。左の今回の写真の方が細部のディテールがはっきり見えます。もっともそれでも少しエッジがぼんやりしているのはコンデジの限界。センサーサイズが1/2.3なので元々の解像度までフルに利用できてない。やっぱり1.0型サイズぐらいは欲しかったかな...

それはともかく、今回の方が写真がクリアになった訳ですが、ちょっと腑に落ちない。細部までよくわかる模型写真としては断然に今回の方がいいのだけど、イメージを伝えるという意味では前回のものの方がよかったんじゃないか、という気も。
前回の写真の少し粒子が荒れた感じとか、暗部が潰れてしまっていたりとか、そっちの方が当時の写真を見ている感じもあるし、アングルも直感的で(工作とか塗装で頑張ったところが結局写ってなかったりするけど)空間の雰囲気は伝わりやすい。それに引き換え、今回の同じアングルで撮ったけど、あれこれとどのディテールを写し込むか気にしてシャッターを切ったから、少し説明的な写し方になっている感が否めない。

結局は何を伝えるための写真かという、なかなか悩ましい問題。
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by hn-nh3 | 2017-11-07 20:51 | 38(t)系列 | Comments(6)

プラハの街灯

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プラハの街灯。製作中のGrille改造 3cmFLAKの横に添える街灯のリサーチ。

d0360340_08254563.jpgd0360340_08265064.jpg1945年5月、プラハ蜂起の時の写真。市庁舎前の広場に停車するのは蜂起軍のHETZER駆逐戦車ですが、今日の本題は、その右側に立っているクラシックな街灯。当時の街灯を1/35の模型として復元してみたいと思います。

このタイプは市庁舎のあたりにあったと思われ、いろいろな写真に登場しますが、文様をかたどったようなモチーフが組み込まれていて、いざ作ろうとすると、なかなかどうして大変。アップの写真もないので彫刻の細部も実際よくわからない。
ちょっと日帰りでプラハに行って見てこようかとも考えましたが、どうやら現在はこの街灯はなくなっているらしく、ネットの写真を検索してもこれ以上の写真は見つからず。

2番目の写真も1945年のプラハですが、くるんとシンプルな渦が巻いたタイプでこのくらいなら簡単に作れそう。ミニアートから出ている街灯のキットの柱脚部を流用して上部は針金細工で作れば良いか。
ただ、形がシンプルすぎて実際に作って面白いかというと微妙なところ。

この写真の右隅にちょっと複雑な形状の街灯のフレーム(手前の街灯柱に照明部が隠れていると思われる)が見えていますが、このタイプは現在でも残っているようで最近の観光写真でも見つけることができます。なので、細部のディテールも確認することは可能。しかしちょっと制作難易度高し。

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3番目の写真。実際のGrille改造 3cmFLAKの背景にも街灯が写っています。路面電車の走る大通りにあるのはラインがすっきりしたモダンなタイプ。道路の上にはりめぐらされた路面電車の架線を避けるように設置された新しいものなのでしょう。

こういった近代的なものも当時の写真でよく目にします。実際、こういうタイプのものの方が多かったのでしょう。

現在のプラハの写真を検索すると様式的なノスタルジックなテイストの街灯をいろいろと見ることができますが、おそらくはそういったものは、観光用に古い様式を模して新しく作られたものではないかとおもいます。クラシックなスタイルのものはその時代が過ぎ去った後に懐かしんで作られるパターンが多いですね、古今東西。



d0360340_09002417.jpg4番目の写真。前に紹介したプラハ蜂起の蜂起軍車両写真集(→紹介記事:プラハ 1945.5)より引用。バリケードにされたトラックの横に立つ街灯で、なかなかエキゾチック。
ポールとランプを他キットから流用できれば、あとは針金細工でなんとかなりそうな予感。これを1/35で「復元」することにします。

しかし、この壊れたトラックと歩道の敷石を剥がして積み上げたバリケード。すぐ手に入るものでうまく作ってます。ちなみに、東京の道路の歩道がある一時期を境にアスファルトやコンクリートになったのは、安保闘争や大学紛争の際に歩道の敷石ブロックを砕いて投石に使われたことがあって、その防止策として歩道から敷石が排除されたのだとか。騒乱の季節も遠くなった最近は景観重視で歩道の敷石がまた復活してきてますね。

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このキットを元に作ります。ミニアートのジオラマベース、路面電車敷セット。車両のベースを作ろうとちょっと前に買ったのですが、電車の架線のパーツのランナーにボックスアートにはない街灯のパーツが入ってました。
ランプの部分はシェードの形が目的のものとは違うので、削り込んでなんとなく似たような雰囲気に改造。
ポールはキットのパーツからアームを切り離して、ポールの先端のディテールを上下ひっくり返して付け替えたりして、これまたそれらしく。なんとなく映画のセットを作ってるみたいで楽しい作業。
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0.7mmの針金をくるくるとリングを細工していきます。モデルとする街灯のサイズは正確にはわからないので、ランプの大きさ合わせで写真を拡大縮小して、それを下敷きに形を作っていきます。リングとポールのジョイントは、図面を描いてプラ板から切り出しました。ここまでできれば、あとはランプのガラスキャノピー。

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0.3ミリの透明塩ビ板に向かって弾丸を打ち込みます。

というのは嘘で、キャノピーの型をエポキシパテで作って温めて柔らかくした塩ビ板に押し付けて成形。いわゆる「ヒートプレス」ですね。大きめに切った塩ビ板の両側を割り箸で挟んで固定して、ガスコンロの上で塩ビがグニャグニャ似なるまで温めて、ペン先につけたプレス型を押し当てて一気に形を作りました。ちなみに、ガラスキャノピーの形をしたプレス型はペンのキャップにエポキシパテを詰め込んで制作。

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キャノピーの形状は直径に比べて奥行きが長いので、塩ビにエポキシパテで作ったプレス型を押し当てるだけで、ここまで絞り込める気はしなかったので、プレス型より一回り大きい円を切り抜いたプラ板を成型時に外側からかぶせて直径を絞り込みました。

形ができたら、ナイフで切り出して完成。ヒートプレスなんて5年ぶりぐらいにやったので、ちょっと不安でしたが、うまく行きました。作業風景は超ローテクで見られたものではなかったけど、出来上がってみれば、こんなもん。

プレス型は残してあるので、注文があれば量産できますね。プラハのメインストリートを1/35で作るとか...

形状チェックのために本体にセットしてみました。モデルとした写真の街灯と比べると、ガラスキャノピーの外径がランプシェードより少し小さめな感もあるものの、当たらずとも遠からず。

大きさのズレは、キャノピーのプレス型のガイドにしたペンキャップのサイズで決まってしまったのだけど、その辺りはご愛嬌ということで。
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by hn-nh3 | 2017-10-26 12:12 | 構造物 | Comments(2)

プラハ 1945.5

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買ってしまいました。プラハ蜂起軍が使用した車両の写真集。
"Prahou pod pancirem povstalcu Ceske kvetnove povstani ve fotografii "

d0360340_11492470.jpg1945年5月、連合軍を相手に崩壊していくドイツ軍に対して、プラハ市民が反旗をあげた5月5日〜9日までの抵抗戦。蜂起軍が使用したドイツ軍からの鹵獲車両や呼応して寝返ったROA(自由ロシア軍)の車両、はたまた工場から引っ張り出してきた未完成の戦車(HETZER)など、こんなものまでという雑多な車両の写真を集めた本です。2010年 既刊本。

製作中のグリレ改造3cmFLAKも、ネットの写真の多くはこの本がソースと思われます。3cm MK103をベルゲヘッツァーに搭載した車両もこの本が原典。さすがにネットで未だ見たことのない驚愕のカットがわんさか載ってるとは思わないものの、何か別の車両を写した写真の片隅に探しているものが写ってたりする可能性はあるかなと、気になってました。

蜂起軍が使用した未完成ヘッツァーのことを以前に調べていてこの本があることを知ったものの、国内では既に売り切れ。

しかしやっぱり気になって、チェコの通販サイトから取り寄せられるのかしらどうかしらと思案したりしてる時にPanzerbookさんに何気に問い合わせてみたら、1冊残ってるとのこと。聞いてみるものですね。

24cm×17cm B5版を一回り小さくしたくらいのサイズ。215ページ、厚みでいうと1.5cm 。撮影のため、インスタグラム風に片手で持ってみたらずっしり重くて親指の爪が白んでますね。
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目次です。見事にチェコ語です。英語対訳は本文、キャプション共にありません。私、チェコ語はさっぱりなので何が書いてあるのかわかりません。蜂起軍の編成表とかあったりする ..らしいのですが、眼に映る全てのものはフルヘッヘンド。

掲載車両とかこの本のデーターはPanzerBook.comの紹介ページに詳しいのでそちらを参照のこと> 1945年5月 プラハ蜂起

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写真集のパートは見開きに大きく1枚から2枚の構成。ネットではトリミングされてた写真も周囲の背景まで写っていて当時の状況がよくわかります。ヘッツァーに関してはドイツ軍からの鹵獲、寝返りROA、「未完成ヘッツァー」など含めて写真100枚も掲載されてて圧巻です。

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今回のお目当、グリレ改造3cm FLAK。ばっちり写ってます。予想どうり「ネット未掲載」の目ぼしいカットは残ってなかったものの、ヘッツァーの隣にちょこんといるのが写ってたりとか、いくつか新しいアングルの写真を発見。

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変態車両の写真もあります。有名なパンツァーベルファー改造MG151/20 ドリリンク搭載車。全ての写真には出典が明示されているので、気になる人はプラハの公文書館とかで記載の写真番号を手がかりに他のカットを探したりとかもできそうです。

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フランス軍からドイツ軍が鹵獲して使ってたAMR35をさらに蜂起軍が鹵獲したもの。砲身がないオチキスH39なんてのも登場。戦線後方ではこんな中古品戦車も結構残ってたんですかね。当時のフィルムにもAMR35が走り回ってる映像が残ってて見てると結構かわいいです。1/35のキットは出てないものかしら。

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本の紙質はマットな半光沢で上品な仕上がり。だけど写真の印刷には少し不向きなのか、別の本にも載ってるものと見比べても元の写真のポテンシャルを十分には引き出せてない感じはあります。
比べるには酷ですが、Panzerwrecksを並べてみると、デジタルエンハンスをかけて光沢紙にプリントした高精細の写真画質には遠く及ばないところで、写真の再現度という点では少し残念かな。

ヘッツァー・シュタールがさりげなく写ってますね。左上の写真。

とは言え、この本をスキャンしてネットで流通している写真では潰れて見えなかったディテールもここでは十分に解像度があがって読み取れるし、この本の価値は実際、そこではないのだとも思う。

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ネットなどで断片的にバラバラで見かけていた写真が一つの本にまとまっていて、撮影日が特定され、前後の文脈が(チェコ語わからなくても)読み取れる写真は、画質云々以上に語りかけてくるものがあります。

by hn-nh3 | 2017-08-27 18:03 | 資料 | Comments(4)