断片的思考のメモ


by hn-nh ( or hn )

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このところ模型作る暇なし。製作中のもろもろも絶賛放置中。
だから新しいプラモの購入も控えてたのですが、こいつだけは買ってしまいましたよ。最近発売のMiniartのケーブルドラムセット(no.35583)。
自分では勝手に難民セットと呼んでるMiniartのラゲージセット(no.35582)も一緒に買ったのですが、これはまた改めて紹介するつもり。



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今回はケーブルドラムの話。こんなキット、誰が買うんだろうと思わないでもないですが、買いましたよ、買ってしまいましたよ私。前に記事でネタにした手前、多分に責任払いで買った感は否めないのですが.....
で中身はこんな感じ。組み立て説明書とデカール。そして大小のケーブルドラムのパーツ半分が収められた小さなランナーが6枚だけ。とてもシンプルな構成で、これだけかよーというくらいの潔さ。
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ランナーはこんな感じ。裏と表のディテール。ケーブルドラムは左右対象だから2枚一組で形が出来上がります。大きなドラムが3つ、小さなドラムが3つ。木目も表現も雰囲気は悪くないです。
構成はシンプル。左右のディスクと中央のドラム部分。ドラムは4つのパーツをあわせて樽型をつくるのですが、小口のところに有るか無きかのごとく小さなポッチがあって、これが左右のディスクと合わせる時の組み立てのガイドになる仕組み。しかし整形時にできたバリと間違えて思わず削り取ってしまいそうな小ささなので要注意。はい、私も一つ削ったところで気がつきました。

ディスクの部分をちょっと注意してみてください。ディスクの裏と表(写真のランナーの上と下)は板の方向が90度ずれてるんですね。ディスクの裏と表で木目方向が90度回転しています。これはMiniArtが金型の制作を間違えた、ではなく、裏と表で方向を変えた板を貼り合わせて一枚のディスクを作った構造を再現しているようです。合板などで繊維方向を90度違えた薄板を貼り合わせて強度を出しているように、ケーブルドラムのディスクも板を貼り合わせて作っているようです。

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ディスクの小口にはラインが走って、板の貼り合わせでできていることがわかります。こういうのは作ってみて初めて気がつくことですね。貼り合わせ部分のモールドですが、さすがにこんなものにスライド金型を使う訳にもいかなかったのか、裏と表でサイズを微妙に変えて段差で表現しています。パーティングラインだと思って削り取ってしまわないように注意するところ。
小口にはちょこっとだけ筋彫りして板の合わせ目を追加工作。加工が雑なのは息抜きモデリングなので勘弁してください。30分で作りました。

そして完成。ごろんとしたこの物体。いいですねー。なんとも言えない抽象感漂ってます。以外と好きかも。ティーガーよりもこういうのに血が騒いでしまうのは何故でしょうか。

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大きさを比べるために作りかけのHetzerと並べてみました。はい、これを見て意味がわかったらポーランド人から握手を求められます。たぶん。

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このシーンの再現です。1944年のワルシャワ蜂起の時にポーランド国内軍が鹵獲したHetzer、 Chwat号とケーブルドラムでできたバリケード。前に記事:8月のワルシャワ8月のワルシャワ(vol.2)でも書いているので、そちらも参照。

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Hetzerのキットはプラハ蜂起軍用に作っていたものに、今回急遽出演してもらいました。だから砲身もついていなくてとりあえずのサイズ比較用。履帯がない分だけ若干高さが低めになってしまっていますが、ドラムとの高さはだいたい同じで、このシーンを再現しようと思えば、このケーブルドラムのキットは流用できそう。小型のケーブルドラムはこのシーンには登場しないのですが、今回はキットレビューでもあるので友情出演。

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ディテールの検証。左右のディスクは6本のボルトが中央のディスクをはさみ込む構造となっています。バリケードでつかわれているもの(図の左の写真)は、、MIniArtのキットのもの(図の右)のボルト位置よりも円の中心に近い。ドラムの内側にボルトが配置されるので、ドラムの構造と関係があるのであれば位置の違いがドラムの直径の違い、というようにも読み取れるのだが、ドラム径の違いがあるのかは他のアングルの写真でも確認はできず。

このケーブルドラムにプリントされている文字が「KABELWERK OZAROW」というワルシャワ南郊の街にあるケーブル工場であることは前回の記事で判明。そして今回は文字の再現。
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KABELWERK OZAROW.pdf (クリックでダウンロードできます)

Miniartのキットのデカールには「KABELWERK 」はあったのですが、せっかくならやってみよう、ということで「KABELWERK OZAROW」という文字をイラストレーターで1/35サイズで制作。


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似たようなフォントをパスにそって配置するだけで簡単に作れるような気がして作業を始めたものの、Oの文字が円に近かったり、EやWなど癖のある形をしていて類似フォントが見つからず、結局、EはCを加工。AはUを逆さにして、WはUを並べて制作。AやWなどはもう少し微妙な曲線でできているような気もするのですが、それを始めるとエンドレスになるので、とりあえずは当たらずとも遠からず程度で妥協。

ステンシルの繋ぎの脚も写真を見ながらなんとなくの再現。型板が浮かないようにするためか、よくあるステンシル文字よりも脚が多めですね。上の図面はPDFの1/35スケール原寸ファイルでDropBoxよりダウンロードできるようにしておくので、興味のある人はエッチングで型板つくるなりしてみてください(笑)

ちなみにバリケードで使われている3つのケーブルドラムですが、左側のものはMiniartのキットと同じディスク中央部の座金が角形タイプ。しかし、右の二つは丸い座金。このシーンを本気で再現するときは忘れてはいけない大事な改造ポイント。

by hn-nh3 | 2018-08-11 17:18 | 構造物 | Comments(10)

3年後

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1944年8月のワルシャワ蜂起の話の3回目。ひとまず今回でいったん区切ります。
前回、前々回とポーランド側からの視点で書いたこともあり、以前に書いたプラハ蜂起関連の記事など話題の傾向が、なんだか反乱軍モデラーの様相を呈してきたので、ちょっとバランスをとってドイツ側から撮った写真も載せておきます。

(写真はBundesarchiv、Wikimedia commonsより)
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蜂起部隊を攻撃するのはパンターのような対戦車攻撃能力の高い戦車ではなく、ブルムベアや60cmカール自走臼砲などの重砲兵器、28/32cmロケット弾、ゴリアテやボルグバルトⅣといった遠隔操縦の爆薬搭載車.. なにか圧倒的に非対称な戦争。
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そして、三年後。1947年8月のワルシャワ。徹底的に破壊された傷跡が戦後2年経ってもそのまま残る風景が痛々しい。
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カラー写真を撮影したのは、アメリカ人のHenry N. Cobb。ニューヨークの建築家。
戦後の復興の研究でイングランド、チェコスロバキア、ポーランドを回った時の写真のようです。

蜂起軍部隊の自作装甲車クブシュの塗装色の手がかりはないかと、終戦前後のワルシャワのカラー写真はないかと探してそのサイトにたどり着きました。探し物は見つからなかったけど、廃墟と生い茂る雑草の鮮やかなコントラストが目に焼きつきます。

(カラー写真はいずれも Henry N. Cobb 撮影)

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とはいえ、気になるのはやっぱりこういう物たち。タイヤのついた荷車。

この時代、馬が曳くカートは木製のスポークが主流ですが、戦後の物資欠乏の時期にしては不釣り合いなほど立派なゴムタイヤを装着しています。戦時中は戦略物資として貴重だったゴムタイヤをこんなに荷車に供給していたはずはなくて、そう、これは放棄された軍用車両から収穫したものと考えて間違いはないと思います。戦車などでも放置されたものは車輪からなくなったと聞きます。
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(写真はクリックで拡大)

いったい何の車輪だったのかしらと、ちょっと観察してみました。
1枚目の写真の荷車の後輪は、どうやらSdkfz.250系の車輪。このタイヤは火砲牽引用のハンガーでもよく使われていたので、簡単に手に入ったと想像します。前輪はSdkfz.251系のものに見えます。ハブの周りのボルトなど特徴が一致します。

2枚目の写真の荷車の車輪はどうかというと、写真が小さくて判然とはしないのですが、5穴ホイールはフォードもしくはGAZ系のホイールと推定。前輪は何だろう... 後輪よりは小径で円錐状のホイール。軽車両用のトレーラーのものとも違うし、小型乗用車のホイールでも、ちょっと思い当たるものがない。独軍車両でなければ、ポルスキフィアット辺り..と思ったけどそれでもなさそう。

もっとも、これが判明したところで、何かの成果になるものでもないけれど。  

by hn-nh3 | 2018-07-19 21:00 | 写真 | Comments(0)
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散乱する独裁者の肖像 1944.8 ワルシャワ:撮影:Eugeniusz Lokajski

ワルシャワ蜂起の話の続編。
特に準備もなく書いた話題ですが、前回調べきれなかったことや調べているうちに知ったことなど、忘れないように書き留めておきます。

先ずは蜂起部隊(ポーランド国内軍)鹵獲Hetzer「Chwat号」のバリケードのケーブルドラム検証続編。
前回の記事で判明してなかった、ドラム側面のステンシル文字の内容が判明。
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バリケードの全貌が写った写真を見つけました。出展はワルシャワ蜂起博物館の写真アーカイブから。この写真自体はWikimedia Commons にも公開されていたものですが、それはトリミング版であり、転がるケーブルドラムの内、右側2個しか見えなかったもの。アーカイブで見つけたのはフレームがそれより広くドラムが3個あったことが確認できます。ただし上の写真も訳あって不要部分をトリミングしたもの。

その理由は、写真に博物館のクレジットが入っていて「使いたかったら理由を書いてメールしてね!」とサイトに書いてあったから。個人的には著作権の問題は他人事ではないので、Bundesarchiv(ドイツ 連邦公文書館)や NARA(アメリカ公文書館)、Wikimedia Commonsなどでパブリック・ドメインとして公開されているもの、(+ネットで事実上共有状態になっているもの)でない限りは、プライベートコレクションなど著作権で保護されていて使用料が必要なものは極力購入するようにしてますが、ワルシャワ蜂起博物館のものは、e-Bay簡単決済ではなく、先ずはメールで使途を述べて、見積が送られて...と手続きは煩雑、しかもポーランド語のやりとりなんてこれまたハードルは高い。

という訳で、この写真は「無断借用」。ただし「引用」です。(WikimediaCommonsの解説によると著作権法が発表後50年から死後50年(アメリカ、EU、ロシアなどは70年)に切り替わった90年代後半以前に著作権が切れているはずなんですが)

d0360340_19111819.jpg脱線しましたが本題です。ドラム部分の拡大。側面の文字は"KABELWERK OZAROW”と読めます。ようやく判明しました。
ワルシャワ南郊のオジャルフという街にある電線ケーブル製造会社のようです。ドイツ占領下にあるのでドイツ語表記。検索すると、この会社まだあるみたいですね。...労働者のストでなんたらかんたら、という記述が見つかります。

Ożarów という街。戦時中はゲットーが設けられていたらしいです。市民の64%がホロコーストの犠牲になったとか。ドイツ支配の影の部分ですね。時として、知らなくてもいいことを知ってしまいます。たかがジオラマ・アクセサリーを通して。

もうひとつの話題。「写真」の話。
ワルシャワ蜂起に関しては、ワルシャワ蜂起博物館という展示構成もとてもよくできた博物館があるようで、そこのサイトに膨大な写真アーカイブが整備されています。
バリケードの写真などもそこで閲覧可能 >fototeka / barykady

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Eugeniusz Lokajski (1908-1944/9/25)

写真家、エウジェニウス・ロカフスキ。戦前はスポース選手で槍投げのポーランド代表。従軍してソ連軍の捕虜になり例のカチンの森の事件から逃れる。職業写真家ではなかったようだが、能力を見込まれライカを与えられてワルシャワ蜂起に関する1000枚あまりの写真を撮影。1944年9月、ビルの爆破に巻き込まれて死亡。

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彼の名を知らず前回の記事で使った写真(冒頭および文末)、そして今回の冒頭で使った写真は彼の撮影によるもの。
報道記録という目的を超えたいい写真だなと思います。他にも気になって拾った写真の多くは彼の撮影でした。

従軍カメラマンで有名なロバート・キャパのように写真史にその名を残した訳ではないけど、見る人の記憶に残るような写真を撮ってた人がここにまた一人いました。写真の資料的価値という以上にこういうものは個人的には気になります。

件のワルシャワ蜂起博物館にも彼の写真アーカイブがあります。>Eugeniusz Lokajski

パブリック・ドメインと明示されているWikimedia Commonsから彼の写真のINDEXをアップしておきます。(記事中の写真はいずれもクリックで拡大)

Chwat号の有名な写真も彼によるものでした。ただ、タテイチ構図の写真が多くて、(個人的にはタテイチ写真好きですが)WEB記事のレイアウト泣かせ。当時としても新聞雑誌などに掲載しにくい構図は、彼が仕事としての写真を撮っていた訳ではなかったことを物語っているような気がします。
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by hn-nh3 | 2018-07-17 20:59 | 写真 | Comments(2)

8月のワルシャワ

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(当時の写真はすべてWikimedia commonsより)

1944年8月のワルシャワ。ナチスドイツ占領下のポーランドの首都ワルシャワで、接近しつつあったソ連軍に呼応するようにレジスタンスが武装蜂起を起こすものの、ソ連軍の支援を得られず一月ほどで悲劇的な結末を迎える。
「ワルシャワ蜂起」として知られるこの出来事は、アンジェイ・ワイダの映画「地下水道」や「灰とダイヤモンド」などの映像としても記憶されています。

近年にタミヤからリリースされた無線操縦車ゴリアテやブルムベア突撃砲後期型などがワルシャワで使われた写真が残っていることもあり、AFVモデル的にも気になるところ。映画「地下水道」にもゴリアテがやってくるシーンがありましたね。

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前回の記事でMiniartからリリース予定のケーブルドラムのことを記事に書いたら、かば◎さんからワルシャワのChwat号のバリケードで使われてると指摘があったので、少し気になってあれこれ調べてみました。

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--- フファット(ポーランド語: Chwat)とは、ワルシャワ蜂起中の1944年8月2日にポーランド側が鹵獲したドイツ軍のチェコ製軽駆逐戦車ヘッツァーの愛称である。ポーランド側が火炎瓶を用い乗員を殺害してこの車両を鹵獲した時点で車体の大部分が焼け焦げており、当初はバリケードの一部として使用された。後に修理されたものの、バリケードを崩すことが認められず戦闘に投入されることはなかった。そののちに郵便局の建物に移されたが、この建物が爆撃を受け倒壊した折、瓦礫に埋もれ放棄された --- ( Wikipediaの記述より)


蜂起部隊に鹵獲されたこのHetzerは焼損していたこともあり、もっぱらバリケードの「構成材料」として利用されていた様子。その経緯など詳しく解説したページがあるのでリンク貼っておきます。

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バリケードがあった場所なども同定されているようで、地図にマッピングされてます。


このページの地図をクリックすると大きな地図に移動して、周辺で撮られた当時の写真を見て歩くことができます。
こんなページがあるなんて知りませんでした。蜂起部隊を撮った場所がほぼ同定されてます。

Wikipediaのページにも膨大な写真アーカーイブが整備されていて、ポーランド人の執念を感じます。
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街路にはあちこちでバリケードを構築。車両を使った即興的なものから市電や瓦礫を積んだものまで、さまざまなバリエーション。

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人力で特に重機も使わずに作るとなると、歩道の敷石や瓦礫など近くに転がる「ありあわせの材料」に限定され、件のChwat号もケーブルドラムやバケツと同様にバリケードの構成部材として利用されたのか。

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バリケードに使われてるケーブルドラムの側面には”KABELWERK”とドイツ語のステンシル文字が書いてあるのがなんとなく判読できて、これがドイツ軍の資材であったことが想像できます。
ドラムをよくみると、”KABELWERK”の先にも文字があってMIniartのキットのデカールとは違ってドラムの半周くらいを文字が占めるレイアウト。
"O......ROW" というような綴りと思われるものの、単語は特定できず。

このシーンを再現するなら、Chat号はタミヤのHetzer中期型をベースに初期型の防盾に換装するなど改造。バリケードのケーブルドラムは、規格やステンシル文字など多少の違いを問わなければMiniartのものは利用できそうだし、木箱や椅子の類もキット化されているので流用は可能。
あとはドラムの傍に転がるゴミバケツさえリリースされたら完璧。

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追記:蜂起は結局失敗に終わり、参加した人間は捕まり、街も破壊されてしまったけど、意外なほど写真は撮られていて保存されているんですね。残すべき記憶として。

by hn-nh3 | 2018-07-15 10:17 | 構造物 | Comments(10)